コストコで買いすぎる大人の心理と、トイザらスではしゃぐ子どもの心理は似ている
こんにちは。皇月ノエルです。
心躍る場所
巨大な店舗に、天井高くまで積み上げられた商品。
大きなカートを押しながら店内をめぐれば、通路の角を曲がるたびに魅力的な商品が現れる。
気がつけば予定にないものまで買ってしまっているけど……いいでしょ、たまにしか来ないんだから。1週間かけて大事に食べれば/使えばいいのよ。
……と、そんな認識が共有されているかのように、コストコにいるお客さんのかごは大概いっぱい。
私もいつか、大きなくまのぬいぐるみを抱いて店を出てみたい……なんてね。
コストコは非常にわくわくし、心躍る場所。
ある時ふと、気づいたことがありました。
この高揚感、前にもどこかで。ああ、そうだ。
トイザらス。
トイザらス
カラフルな看板をくぐると、そこは子どもの楽園。
水色を基調としたポップな空間に、天井まで高く高く魅力的な商品が並んでいる。手を伸ばしても届かないほど。
世の中には、わくわくするようなおもちゃがこんなにたくさんあるんだ!
○○が欲しくて来たはずだけど、あれもいい、これもいい。
誰かのプレゼントを選びに来たはずなのに、自分も欲しくなっちゃった。
お母さん/お父さん、あれ欲しい!
トイザらスに行った子供の心理の一例(私)です。
上のコストコと似ていませんか? 私は似てると思います。
身の丈をゆうに超える棚に並んだ、たくさんの商品。
「面白いところに来た!」という高揚感。
そのせいでどれもこれも魅力的に見えて、いっそ全部買えたらいいのに……などと考える。
同時にトイザらス、そして全国あちこちのおもちゃ屋で見かけるのが、「欲しい!」「ダメ!」「うわあああああん(泣)」という、親子のバトル。
見ているうちに欲しくなって、自分はこれがないと家に帰れないとすら思えてくる子ども。
買う予定の無かったものは買わない。てかおもちゃ高いし! という親。
対応する側は大変だと思うけれど、「○○が欲しい!」と思ってしまうのは仕方のないことだとも思うのです。
だって大人も、コストコに行けばはしゃぐのですから。
子どもにはハンデが多い
子どもは自分で仕事をしているわけではないことが多いので、大人から買ってもらう、または自分のお小遣いの範囲内でしか、欲しいものを手に入れることができません。
だから子どもが欲しいものを手に入れる手段のほとんどは、親または親戚に「買って!」とせがみ、なんとか大人を説得すること。
対する大人には自分で稼いだお金、または家族で使うために管理しているお金があり、その予算内であれば好きなものを買うことができます。
その予算は、大概子どものお小遣いよりも多額であることが多く、仮にちょっとオーバーしたとしても、どこかからお金を工面してくる(別項目に振り分けた予算を再検討する、貯金を崩すなど)ことができます。
つまりトイザらスの子どもとコストコの大人では、状況が似ていても経済力と精神力に多大なる差があるということ。
また子どもは身体・精神両面において伸びしろ満載であり、まだ防衛機制が上手く働かない可能性も考えられます。
その場で「欲しい!」と思ったら我慢がきかず、手に入れられない状況と気持ちを上手くコントロールする能力を獲得しようとしている途中なのです。
だから店内でわめいたり、どうしても欲しくなって「帰らない!」と居座ってみたりと、より直接的な行動をとることがあるのでしょう。
対する大人はすでにある程度の経験値があり、防衛機制が子どもより発達していることが多いです。
欲しいものが仮に予定外や予算オーバーだったとしたら、「次来た時に買おう」と次の計画に組み入れてそれまで我慢したり、その欲しいもののために他の何かを諦めたり、いろいろな方法で対処することができるのです。
子どもがおもちゃを欲しがってしまうのは、きっとある意味当たり前。
自分もコストコに行けば同じような精神状態になるんだから……と、寛大な気持ちを心の隅にでも持っておけると、何かポジティブに働くことがあるかもしれないと思います。
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