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日本にガルシアが登場する日      愛国者学園物語166

 美鈴は嫌々、言葉を吐き出した。
「私、バルベルデ共和国で起きたガルシア事件のようなことが日本で起きるんじゃないか、それを恐れているんです」


「それは、極右の軍人による大規模なテロということですか?」
「はい。あるいはクーデターが」

西田はうなったが、その意見に同意したわけではない。
(美鈴さんは恐れてる? 自分が殺されることを)

 美鈴は続けた。

自衛隊や日本警察の中に、過激な日本人至上主義者のグループが生まれる可能性はないのか?


 世界史を見ればわかることだが、自らの民族や文化を至上のものとする過激なグループは、彼らを批判する左派の民衆や批評家、対立する政治家などに激しい怒りを持つようになる。そして、相手を脅迫したり@害するのだ。

 バルベルデで起きたことは、まさにそれだ。キリスト教過激派と、都会や農村の住人で構成され、森林の開発に賛成する「入植者党」の支持者たち。彼らが、森林の開発反対と先住民文化の保護を主張する「森林党」と激しく対立。キリスト教過激派と開拓者党の人間たちは、バルベルデ陸軍のガルシア中佐とその過激な言動を支持していた。それがもとで、ガルシアは見下していた先住民や森林党の人間たちを、@@したのだ。あいつらは共産主義者のゲリラ、それにキリスト教徒ではない。だから@さなければ、この国は共産化されてしまうと叫んで。

 美鈴は嘔吐しそうな気持ちを抑えて言った。言うのも恐ろしいことだが、もしそのような襲撃を、警察や自衛隊に潜む日本人至上主義者が行ったら。それは恐ろしいほどの衝撃を日本社会に、そして世界にもたらすに違いない。自衛隊や警察は、日頃は特定の政党や宗教に偏らない、不偏不党の立場を守っているはず。だが、実はそうではなかったら? 日本人至上主義者である自衛官などが、神道や皇室、それに愛国心に批判的な日本人、あるいは日本に住んでいる外国人へのテロを起こすのでは? 


 もし、そのようなことが起これば、その事件は別の出来事を誘発しかねない。それは、外国の侵略である。2022年のロシアによるウクライナ侵攻では、ロシアは軍を、ウクライナ領内にいるロシア人を保護する名目で出撃させた。だから、ロシアから見れば、ウクライナへの攻撃はその地にいるロシア人を守るために行っている正義の行動ということになる。自分たちは正義なのだから、世界各国の非難は関係ない。彼らがそういう精神でいることは想像に難くない。

 それを思えば、もし日本人至上主義者のグループが、在日外国人を襲撃したら、彼らの母国の軍隊が、彼らを保護するという名目で、日本を攻撃する可能性もゼロとは言えまい。あるいは日本人至上主義者たちが、ネット社会などで在日外国人を激しく『攻撃』したら、外国の勢力が攻撃側にサイバー攻撃という手段で反撃をするかもしれない。そうなれば、日本国内は大混乱に陥るだろう。

 美鈴は自説をまとめた。
「日本の警察や自衛隊の中に、どれくらいの数、過激な思想を、日本人至上主義に染まった人間がいるのか。彼らがどの程度、部下や武器を支配下においているのか。そして、『具体的な行動を起こす人間がいるのか』、そういうことを考えるのも重要なことだと思います」
「そういう人間たちが、何かとんでもないことをする可能性があるか、ということですか?」
「ええ、そうです」
美鈴は心の中の苦い物を押し出した。

  美鈴たちの間に沈黙が流れた。
「そういうことが怖いんですか?」
「ええ。そういう人たちが権力を握ったり、反対派を@すようになるのではないか、そう思いました」
「それはクーデターという形で?」
「それも一つの例ですが、軍人がその身分のまま政治家になる、つまり、太平洋戦争当時のような政治体制になるとか、攻撃的な政治する、あるいは政敵へのテロを企てる。秘密警察を使って反対派を弾圧するとか。そういうことは東アジアや東南アジアのほとんどすべての国で起きました。韓国も台湾も長く軍事政権が続きましたし、タイ王国軍はクーデターを繰り返しています。珍しいことじゃありません」

美鈴は自分があらぬことを言ってしまうのではないかと恐れた。

 自分は、先ほども話したように、バルベルデの件を知りすぎたせいか、軍隊によるクーデターや弾圧が怖い。
日本は平和な国に見えても、かつては戦争の当事者であり、かつ、クーデターの兆しがあった。1932年の5・15事件では犬養毅(いぬかい・つよし)首相などが暗@された。36年の2・26事件では大蔵大臣の高橋是清(たかはし・これきよ)や、軍の高官などが@された。だから、旧日本軍は何もしていないというわけではない。
戦後、1961年には「三無事件(さんむじけん)」があった。これは右派勢力と旧日本軍関係者がクーデターを計画。自衛隊関係者にも声をかけたが、彼らは拒否。その後、警察がこれを察知し、関係者たちは逮捕された。彼らは無税・無失業・無戦争の三無主義と、反共産主義を掲げていた。


 「そう言えば、甘粕陸軍大尉もいました」


「ああ、坂本龍一が音楽を担当した映画『ラストエンペラー』ですね」
西田が思い出した。

 「はい、劇中で坂本が演じていた男です。甘粕正彦、1891年生まれ、1945年死去。1923年に、憲兵であった甘粕らが、無政府主義者の作家などを暗@した甘粕事件を起こす。彼は有罪判決を受けて服役するも、3年後に恩赦(おんしゃ)で釈放。その後、フランスに留学、満州国で有力者になり、満州事変に関わる。敗戦で自殺。人間的魅力があり、その葬式には3千人が集まったとも」
「1923年……」
「そうです、関東大震災があった年です。あの震災のあと、外国人が井戸に毒を入れたなどのデマが広まり、なんの関係もない人々が@される事件が続発しました。甘粕事件にも、その背後には、左派の無政府主義者と右派の対立があったのです」

 美鈴は恐怖のあまり、自分が同じような話を繰り返していることに気が付かなかった。


もし日本にガルシアみたいな人間が現れたら。

宗教的な過激派で、かつ、日本人を至上の存在とする人間。そして、自衛官、あるいは警察官としての技術の持ち主。そんな人間たちが、自衛官や警察官たちに語りかけ、扇動(せんどう)したらどうなるか。

 そういう懸念は決してありえないものではない。ジェフが公開した「カッコいい軍隊に気をつけろ」で紹介された、ドイツの特殊部隊の例がある。

あれはドイツ国防軍の特殊部隊の一部、正確には4個中隊のうちの1個中隊が、極右組織に浸透されたので、解散させられた。あるいは、ドイツ警察の特殊部隊の一部も、同様の理由で強制的に解散させられたのだ。特殊部隊という「固い秘密」の塊のような組織、そして普通の人間では参加出来ず、身につけることも出来ない技術を持った「特別な人間たち」の集団。それが極右化した、言い換えれば、ドイツ人至上主義者の集団に成り果てたという、まさに悪夢とした言いようがない事件であった。

では、日本では何が起きうるか?

続く

これは小説です。ガルシアについては以下をどうぞ。


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