見出し画像

人間の理解 愛国者学園物語186

 美鈴は自分の意見を述べた。


「人間の理解。そうなると、彼らにかなり近づかなければいけませんね。


彼らの論理を探るなら、それなりにページを割いて、それを読者に紹介しなければいけません。となると、限られた紙面では、やりづらいかも。それに……」

「それに?」
「彼らの味方というか、宣伝をしているのではと読者に誤解されるでしょうね」
「そういうことがあったんですか。ヤケ酒をしたの?」

美鈴は苦笑して、
「しませんよ。でも、それが心に刺さっちゃいました」
「そうか……。貴女はガッツがある人だ」
「自分なりに人生経験を積みましたから」
「苦労したんだなあ」
美鈴は寂しそうに笑った。


 「お世辞じゃないが、美鈴さんは良いインタビュアーだと思いますよ」
「それは管理栄養士として仕事をしていたからかもしれません」
「貴女がその仕事をしていたことは知ってますが、話すことが仕事に?」
「ええ、栄養士として働くには、相手ときちんと話をしなければいけません。そうしないと、相手の栄養状態や生活環境のことがわからないんです。押し付けるだけじゃ、栄養指導にならないんですよ。それに、こちらが指導しても、相手が従うとは限らないんです。だから粘り強さが必要なんです。自分がそうだと自慢するつもりはないですけど」
「なるほどね」

 

 美鈴は飲み物を少し飲んでから、話を続けた。

「以前、バルベルデ のことを書いていた時に、テロリストの紹介をするな、というコメントが届いたことがあって。それに『私はルイーズ事件』でも、特に、愛国者学園のことを書いた部分を激しく非難した人たちがいました。これは学園の宣伝ではないか、と言うんです」
 「その批判は知ってます。でも、ある程度書かなければ、彼らがどんな論理で動いているのか、なぜ神道、皇室、愛国心にそれほどこだわるのか、それにその3つからなる日本人至上主義を他人に強要するのかわからないじゃないか
「ええ、確かにそうですね」


美鈴は思わず言った。
「理解だけでは不十分ではありませんか。彼らを変えなければ。彼らの高圧的で押し付けがましい態度を変えさせなければ、日本社会は大混乱するのではないでしょうか。それが困難であるとは思いますが」

美鈴はそう言わずにはいられなかった。

「美鈴さんは、自分の仕事が、日本人至上主義者たちを変えられると思っているの?」
美鈴は西田の優しいが、たしなめるような視線に立ち向かう気力がなかった。そして小さな声で言った。
「彼らは変わりませんか?」
「変わると思いますか?」
「いいえ……」


 「そうですよ、貴女が出来ることは、問いかけることだけだ。彼らは変わらないでしょう。神道は絶対だ、皇室は絶対だ、そして愛国心も絶対だ。これらを土台にした日本人至上主義を信じない人間は、まともな日本人ではない。自分たちに疑問を持つ反日勢力は許さない。だから、日本社会から排除しても良い。彼らはそういう考えを絶対に変えないだろう」


西田がニヤリと笑った。

「だが、これで、貴女の立場が決まりました。美鈴さんの仕事は、現実を報道し、日本社会と世界に疑問を投げかけることだ。それは無力な抵抗に見えるかもしれない。しかし、日本人至上主義者たちに黙って従う、無気力な羊みたいな日本人たちには、効き目があるかもしれない」
「効き目があるかしら? 羊みたいな人たちに」

「あるさ。羊たちは毎日の生活に必死で、自分たちの牧場が激変していることを知らないし、知っても、わざと目を背けている」


「知らないんですか」

 「そう、知らない。貴女の仕事は彼らに世界で今何が起きているのか、その原因は何か伝えることだ。日本の悲劇は、強い力を持つ人間に黙って従う無気力な人間が多いことだな。そういう日和見主義的な生き方は楽ではあるけどね……。だが、それは自分で考えて行動するより、誰かに従い、誰かの命令をロボットみたいに実行することを意味する。

その結果は、間違ったこと、反社会的なことを平然と行い、かつ、誰もそれを非難しないような社会を生み出すだろう」


西田は視線を落として言った。

「今のような時代が続けば、愛国者学園のような連中は、そのうちに平気で人を@すようになる。そして言うでしょう。『こういう人間は間違っている。だから@した。祖国のためだ。私たちは正しい』とね」

「そこまで、あの子たちがやりますか?」

「やるさ。しかも、周りの大人たちが、それを熱狂して称えるだろう。反日勢力と戦った英雄だ、としてね。

美鈴さんはこれからもあの学園のことを報道するんだろうが、あの子供らの周囲にいる大人たちも調べるべきだ。日本人至上主義者が愛国者学園を支えているんだから」


 美鈴は言い辛いことをどうにか口にした。
もし、私が@されたら、その事件は大きな問題になるでしょうか?」
「それは、そのニュースを受ける側の反応によるでしょう」
「どういう意味でしょう?」
「三橋美鈴は、日本の伝統を壊す悪い人間だ、だから、@されて当然だ、と受け取られるか、三橋美鈴は、自由な報道を守るために@んだ。彼女を@したのは、日本の伝統や愛国心を守ると称して、それを他人に強制する日本人至上主義者たちだ、と受け取られるか、だな。多分、前者のほうになるだろう。貴女は祖国日本を破壊する人間だとされるかもしれない。祖国の民主主義と自由を守ろうとして@された英雄にはならないだろうな……」


 「いずれにせよ、あなたは日本人至上主義の本質を世界に伝えてみたらどうですか? もちろん、それが嫌でなければの話ですがね。国際社会は、これから日本に対して冷たくなるだろう。だが、その原因である日本人至上主義の実態は、外国人につかむのは難しいかもしれない。だから、日本人ジャーナリストであり、かつ、外国の視点も持つあなたが、その本質を報道するのに適していると思う」

美鈴はそれに答えられなかった。

続く
これは小説です。

次回 187話「貴女の味方」
美鈴はあることを西田に提案するが、彼の反応とは? そして、ついに彼らの対談が終わる、彼らの最後の話題とは?
お楽しみに。

この記事が参加している募集

私の作品紹介

大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。