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 ルイーズ事件の話は、日に日に酷くなる一方だったが、「みつはし肉店」には正反対のニュースが飛び込んできた。あの美鈴のことだ。


 ある日、美鈴が、バルベルデ にある日本大使館のパーティーに参加したところ、アメリカの将軍に出会った。しかも、その人は日本語がペラペラで穴子の寿司が大好物だと言う。でも、なぜアメリカの将軍がここに?。それは、彼の祖母が、ここバルベルデの出身で、アメリカに移民したからだった。彼女はロサンゼルスで、メキシコ移民の美男子と出会い結婚した。やがて、女の子が生まれたが、その子が、その人、マイケル・ゴンザレス米空軍中将の母なのだそうだ。

 米政府の仕事で母方の祖母の国に来た彼は、日本大使館でパーティーが開催されることを知り、足を運んだのだと言う。食べ物の話で意気投合した2人は、翌日、米大使館のクラブで昼食を共にした。


 すると、その将軍は、美鈴に、青年海外協力隊の任期が終わったあとでの職を探しているなら、と、ある仕事を提案してくれた。それは、国際的な雑誌「ホライズン」の編集部で働くというもので、その会社の代表と面会をしてはどうか、と勧めてくれたのだ。「ホライズン」は多様性をキーワードに、様々な前歴を持った人々を記者として採用している。しかも、その代表はウニの寿司が大好物で、日本語が上手、将軍とは築地で知り合った親友なのだそうだ。


 美鈴は、日本に帰国した後、どのような職に着くか悩んでいたので、これはまたとない話だった。彼女はもうすぐ日本に帰国するから、東京にあるホライズン編集部アジア総局で、その代表と面接することまで既に決めていた。

 三橋桃子にとって自慢の姪に飛び込んだこの良い話はうれしいものだった。あの子が有名な雑誌を発行している会社で働けるかもしれない。

 でも、桃子はその話を疑わずにはいられなかった。開放的な性格で、人付き合いが好き。よく本を読み、英語とスペイン語に長けた美鈴には、雑誌の編集部で働くことは向いているだろう。なんでも、ホライズン編集部は、大学でジャーナリズムや政治、経済を専攻した人間ばかりを雇うことは避けている。だから、高卒の記者もホライゾンにはいるとあの子は言っていた。前職や学歴を限定しないそういう会社なら、美鈴も活躍できるかも。

 だから、これは良いチャンスなのだが、あのルイーズの事件の後で、美鈴が雑誌社と面接をするという事実にも、少し引っかかった。あの子は「みつはし肉店」の経営者、つまり私の姪。私はあのルイーズ事件で、愛国者学園の学園生と、ルイーズの間に割ってはいった女。つまり、あの事件の関係者と言っても良い存在だ。あの将軍と、国際的なニュース雑誌「ホライズン」は、それを知っていて、美鈴に声をかけたのだろうか?。

しかも、その将軍はNSA、つまり国家安全保障局という情報機関の副長官だそうだ。それを聞いたとき、桃子は思わずインターネット電話の画面を厳しい顔で見つめた。そういう人と仲良くなって、可愛い姪に何か悪いことが起きないだろうか。思わず桃子は

「その人、本当に将軍なの? 詐欺師じゃないの?」

と口にしてしまった。すると美鈴はぷっと吹き出して、

「ちゃーんと確かめたわよ。本物よ、本当に将軍だった」

と言った。


 それにNSAのホームページに、ちゃんと彼の経歴と顔写真が出ていたと、美鈴は付け加えた。喜んでいいのか、疑うべきなのか。いつもは寝付きの良い桃子も、その話を聞いた晩はあまり眠れなかった。美鈴が、その人のホームページのアドレスをコピーして、送ってきた。それを見ると、米空軍の中将だけあって、なかなか立派な顔をしている。この人は日本語が上手だそうだが、どんな声の持ち主なのだろう。


 その晩、うつらうつらしながら、桃子は考えた。


昔、自分は米軍の将校だと言って多くの人を騙した日本人の詐欺師がいなかったっけ?


その、NSA、だっけ?は、あの子をスパイにしようとしているのかしら?


目が開いてしまった桃子はもはや眠れず、ネットで、あの日本人詐欺師の話を調べた。


そして、それが「クヒオ大佐」という映画になったことも知った。


美鈴、大丈夫かしら……。

続く 



穴子の寿司が好きなゴンザレス将軍の話はこちらを。



大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。