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三権分立に次ぐマスメディアの“第四の権力” ― 報道の自由が人権とプライバシー保護を犠牲に― 後編

プライバシーや人権の侵害についての懸念

前編では、第四の権力といわれるマスメディアの役割について考察した。ここで考えなければならないことは、プライバシーや人権である。マスメディアには、ニュースになるような出来事を、正確かつ公正に、そして関係するすべての個人のプライバシーと人権を尊重した形で報道する責任がある。
 
マスメディアは報道のプロとして、まだ有罪判決を受けていない容疑者や被告人を含め、関係するすべての個人のプライバシーと人権を守らなければならないのだ。
 
「守る」ということは、容疑者の名前を伏せることや、個人を危険にさらす可能性のある識別情報や画像を差し控えることだ。容疑者や被告にとって、公正な裁判を受ける権利を損なわない方法で、刑事事件を報道するということだ。また、被害者、被害者家族や遺族にとって、繊細であったり、トラウマになりやすい出来事について、彼らに配慮した方法で報道し、プライバシーと感情的な平穏を保つことも含まれる。
 
このように、報道に携わる人々が、個人の人権やプライバシーを保護するための、ガイドラインや倫理規定は設けられている。しかし、現実には、その規定自体が理念的、抽象的で、努力義務の域を脱しない。

日本新聞協会の新聞倫理綱領を例に挙げると、2000年に「21世紀にふさわしい規範」として新しく制定されている。しかし、日本で最も流行したSNS、mixiは、2004年に開設されている。その後に、Facebook、そして、ニュースなどの個人情報を拡散するのに最も利用されているTwitterの日本上陸が2010年。

Photo by Firmbee.com on Unsplash

つまり、新聞倫理綱領は、誰もがSNSやブログで実名や顔写真付きのニュースを拡散できる現代社会には対応されていない。これは、表現の自由や報道の自由、国民の知る権利を主張する以前の問題ではないだろうか。そもそも、自由という権利は、他人の人権を侵害してはならないため、ある権利は他の権利を上回る、下回る、保護するに値する、しない、という議論に値しない。

他国におけるマスメディアの権力

他国での刑事事件の報道、プライバシーや人権の保護に関するマスメディアの慣行や法律は、日本とは大きく異なる。一般市民と報道側の関わり方は、日本の対応と正反対ともいえる。
 
米国のマスメディアは多様で、多国籍の大企業と小規模で独立した報道機関が混在し、報道の自由の伝統がある。報道の自由は、憲法修正第1条で保障されているが、名誉毀損や中傷に関する法律などが整備されている。例えば、マサチューセッツ州では、「プライバシーの権利」や「有線・口頭通信の傍受」など、個人のプライバシーを保護することを目的とした法律が存在する。例えば、連邦政府によって登録された性犯罪者が約80万人いるとされているが、プライバシーは保たれている。
 
イギリスでも報道の自由という強い伝統があり、多様なマスメディアが存在する。IPSO(独立報道基準機構)が、一般市民からの苦情に対応し、新聞・雑誌の編集内容やジャーナリストの行動について独自に調査を行う。新聞や雑誌の行為に対する説明責任を追求し、個人の権利を保護し、ジャーナリズムの高い水準や、報道の表現の自由を維持している。IPSOの規制を受ける新聞・雑誌が、「編集者の行動規範」に違反した場合、不利な裁定を受けることがある。このような場合、出版社はIPSOの要求に従い、裁定文を全文かつ目立つように公表しなければならない。
 
オーストラリアのマスメディアは、自主規制の対象である。メディアと通信に関する自主規制と共同規制の枠組みは、一般に、業界参加者が自らの部門における規制の詳細について行為規制を受け、責任を負うことを求めている。これは明確な法的義務にであり、規制当局が予備的権限を保持している。
さらに、マスメディアによるプライバシーの侵害から個人を保護するために、プライバシー法が制定されている。オーストラリア通信メディア局(ACMA)は、放送、インターネット、無線通信、電気通信の規制を担っている。事件事故の関係者のプライバシーが伏せられるのはもちろんのこと、他人の不幸をあげつらうワイドショーなども存在しない。
 
カナダでは、権利と自由の憲章で報道の自由が保障されているが、個人のプライバシーと評判を保護する法律も存在する。さらに、カナダ放送基準審議会(CBSC)はマスメディアに対する苦情を扱う独立した組織で、CBSCの行動規範を破った放送局には罰金や謝罪を科すことができる。
また、参加局で放送された番組を見聞きした、視聴者やリスナーからの苦情に対処している。
 
これらはほんの一例だが、他国では、各報道機関の報道に関して厳しく監視したり、一般市民からの苦情に対応するなどの報道のための専門の機関がある。日本では、各マスメディアのお客様センターや、特に専門的ではない総務省に苦情を投げかけることしかできない。

Image by ErikaWittlieb from Pixabay

マスメディアの責務は、本来であれば、報道の自由と個人のプライバシー権のバランスをとり、法令を遵守しながら、正確かつ公正に、事件や個人を報道することである。しかし、実際には、個人の人権やプライバシーの保護を無視しながら、世間へ強い影響を与えている。これが、マスメディアが第四の権力といわれるところである。

マスメディアはしばしば、ニュース価値のある出来事を報道するために報道の自由に対する権利を主張し、一方、個人は個人情報や画像を保護するためにプライバシーに対する権利を主張する。

マスメディアは、掲載する情報が公共の利益に適い、非常に重要であると判断した場合、実名のほうがリアリティーがあるという理由で、個人のプライバシー権よりも報道の自由の権利を主張する。マスメディアはそのような個人情報を公開する場合、その理由を正当化できなければならず、個人としてそのような紛争を解決するには裁判に持ち込むしかない。しかし、ここでもまた、別の権力によって個人の権利が侵害される。

マスメディアは、「警察が実名を公表した。名前をばら撒いて金儲けさせてもらっただけ。文句があるなら警察や弁護士に言え」と開き直り、警察は、「有名税だと思って我慢してください。そんなに嫌ならば見なければいい。外国に移住すればいいでしょう」と突き返す。このように、権利が対立する時に、個人がマスメディア相手に戦える土俵が、日本にはないというのが実情である。

こちらの記事は、記事内の参照リンク以外に、下記のリンク元を参考にしております。
日本新聞協会 「新聞倫理綱領
荻野 敏樹 「SNS の歴史
米国マサチューセッツ州 「プライバシーに関するマサチューセッツ州法
米国マサチューセッツ州 「インターネットとオンラインプライバシーに関するマサチューセッツ州の法律
独立報道標準化機構 「編集者の行動規範」
オーストラリア通信メディア局 「有効な自己規制および共同規制のための至適条件協定」
オーストラリア議会 「メディア政策と規制クイックガイド」
カナダ通信財団 「カナダ放送基準審議会:歴史」

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