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『彼方』

それはたぶん、夢だった。
僕はとても綺麗な服を着て、舞うように草原を駆け抜けていく。いや、湖かも知れない。低く、小さく唸る水面を、爪先でそっと慰める。

それはまるで、翼だった。
飛ぶって、こういう感覚なんだ。羽根のように軽やかで、何処までも行けそうな気がする。何でも出来そうだ。

夢だから、景色がうねり、場面を変える。
様々な色が呼吸をして、次の色へと繋がっていく。

自由になれた気がした。

そう、これは、夢だった。
こんなに美しい世界を、僕は知らない。もうすぐ終わってしまう。ああ、終わってしまうんだ。
僅かな不安に針を刺す。ぷつん、と弾ける。がくん、と衝撃。墜ちる。墜ちる。墜ちる。墜ちるーーーー。


意識が覚醒する。僕はベッドから落ちていた。無機質な天井、薄暗い部屋、汚れた両手、掠れた笑い声。涙すら出ない。
「あのまま、」
不細工な音が、僕の唇から溢れていく。
「あのまま、うつくしい世界に、居たかったな」



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