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ワイン好きがワイン嫌いについて考えて見る。

「私さあ、ワインって嫌いなんだよね。なんか、臭いし」

 これは、学生時代の友人と久しぶりに一緒に呑んでて言われた言葉である。わりと昔過ぎて、何年前のことなのかすら、よく覚えていない。
 友人が好きで呑んでるものを、よくも目の前でこき下ろしできたものだ。当時の私は特にキレなかったし流したが、あの時もうちょい怒っても良かったのでは。今更だが。

 まあ、でもこの時一つ、確実に分かった。私が愛してやまないワインを「嫌い」な人がいるらしいということだ。

 現在、私はJSA(日本ソムリエ協会)認定のワインエキスパートを取得し、地方のワイナリーで働いている。ちなみに産休育休を二回経て、今年で九年目だ。
 私は、ワインが好きだ。毎日呑んでいるし、愛してるし無くなったり呑めなくなったら、多分精神的に死ぬ。妊娠中及び授乳中の辛さは筆舌に尽くしがたい。
 話は変わるが、私の職場は観光ワイナリーとしての側面が強い。なので、先の発言をした学生時代の友人のように「ワイン嫌い」な方、もしくは苦手な方も、実はお客様としてやってくる。
 だからこそ、そういう方にもワインを好きになってもらい、ワイン好きを一人でも増やした、と思いつつ仕事をしているわけだが。
 だがその為には「ワイン嫌いな人が、何故ワインを嫌いなのか?」ということについて考えてみたいと思う。
 
 戦いに勝ちたいならまず敵を知れ、みたいなことを孫子がン千年前にも言っていたことだし、そこは避けて通れない。既に好きな人にワインを売るのは楽しいし、わりと簡単だが、逆は難しいのだ。

 まず、ワインの香りが苦手、という、この学生時代の友人の言い分。
 ここで、赤ワインの代表的な品種であるカベルネ・ソーヴィニョンの香りの特徴を一部あげる。

・カシスやブルーベリーなど、黒い果実
・針葉樹、黒胡椒や、クローブ、鉛筆の芯
・ヒマラヤ杉やシガーボックス

 他にもいろいろあるし、産地によっても香りは異なるが、ざっとこんな言葉がテイスティングのコメントで、よく並んでいる。

 で、カシスやブルーベリーはまだ分かる。美味しそうだし、イメージとしては「いい香り」だ。この辺りは第一アロマと言って果実由来とされる香り。
 だが、次の針葉樹に鉛筆の芯……。まあ、美味しそうかと聞かれたら「いや、あんまり」と否定するんじゃなかろうか。
 ヒマラヤ杉やシガーボックスに至っては、口に入れる物からそんな香りがしたらマズイだろ、と言いたくなるかもしれない。だいたい、ヒマラヤ杉ってなんだ?嗅いだことないけど?(と、ワインエキスパート試験の時に私も思った)この辺りは醸造や発酵から由来の第二アロマだったり空気に触れてから香る第三アロマ(ブーケとも呼ぶ)に相当するが、コアにワインを勉強したくないなら、別に覚えなくていいと思う。私も恥ずかしながら、個々の香り表現が第二アロマだか第三アロマだったかなんて、そういう一覧を見ないと分からない。
 まあ、この辺りが香るのは一瞬のことで、プロはそこをガチっと一瞬で掴んで嗅ぎ分けてテイスティングし、分析する。
 実際に嗅いだとしても、普通の人が嗅ぎ分けるのは難しい。香りを感じてはいて、そこで個々の香りをラベリングして分類、まではなかなか出来ない。
 この様々な香りが一気に香って来て、特に赤ワインはシンプルではない、複雑で濃厚な香りがしてくる。白ワインの香りは総じてもう少し単純だが、木樽を効かせたりすれば、ヴァニラや木の香りがするし、いわゆる「美味しそう」な果実の香りばかりではない。むしろその香りを楽しむのがワインの醍醐味なのだが、そういう、食べ物に直結しない、果実由来の香り以外を「不快」と感じて、前述した友人のようにワインが嫌いだ、という人も、そりゃあいるだろう。

 で、うちは観光ワイナリーであり、日本のワイナリーである。そこには、海外にはない強みがある。

 それが「ヴィティス・ラブルスカ種」と呼ばれる生食用ぶどうを使ったワインだ。
 通常ワインに使われるのは「ヴィティス・ヴェニフェラ種」というワイン用ぶどうだ。海外ではワインを生産する際に使われるのは、こちらの方である。
 対して「食べる」ぶどうである「ヴィティス・ラブルスカ種」は、日本は食用にもワイン用にも使われるぶどうだ。海外、とくに歴史の古い欧州において、こちらがワイン用になることは、まずない。

 何故かと言うと「ラブルスカ種」で作ったワインはとても「甘ったるいにおい」がするからだ。
 日本人からしたら「ぶどうらしい」甘くて分かりやすい香りだが、欧米では「フォクシー・フレーバー(狐が好む香り)」と呼ばれて嫌われる。どうやら、その甘いにおいは、食事する際に一緒に飲むと邪魔になるから、という考えから来ているらしい。
 対して、食事しながらワインを合わせて飲む、という文化がさほど浸透して無い日本においては、この甘いぶどうらしい香りは肯定的に取られることが多い。
 事実、私の勤め先のワイナリーは、ナイアガラやデラウェア、巨峰、スチューベンといった生食ぶどうからできたワインがたくさんあるし、試飲をよく出している。で、皆さん口を揃えて言うのが「ぶどうそのものみたいな味と香りがする」という言葉だ。そして、いかにも「美味しいそうな」香りにだいたい満足する。
 辛口のワインは飲めないし臭いし、と言う方々も、この辺りのぶどうを使った甘口や、辛口でも甘い香りが立ち昇る「ラプラスカ種」から出来たワインは、かなり評判が良い。ワインに縁が無かった人が、飲んで好印象を持ってくれる率が、非常に高い。
 日本人が開発し、現在日本各地に根差した、赤ワイン用ぶどうである「マスカットベリーA」と言う品種もいちおうワイン用だが「ラブルスカ種」と「ヴェニフェラ種」の掛け合わせ品種のため、こちらも香りは甘いイチゴの香りが強い。この甘い香りが好きな人は、わりといる。
 ただ、いかにも海外ワインを飲み慣れてる方々からすると、生食用ぶどうから作るワインは、あまり評判は良くない。
 そこらへんは、もう消費者層が完璧に別れといるな、と私は思っている。ワイン好きとそうじゃない人が、好きな物が一緒なわけはない。そこは互いに線引きしたらいいだろう。
 ワイン好きな私だが、別にワイン嫌いを敵視してはいない。みんな仲良くすればいい。

 前述したワイン嫌いな彼女とは既に連絡をとっていないが、もし会う機会があれば、当社のナイアガラを使ったやや甘口のワインを勧めてみたいものだ。これは万人受けするし、もしかしたら気に入ってくれるかもしれない。

 などと思いながら、今日は私は彼女が「臭い」と言いそうな、黒胡椒のスパイシーな香りがするイタリアワインを飲んでいる。

 キャンティ レオナルド 2020 カンティーネ


 レオナルド・ダヴィンチの人体図がラベルに描かれたこのワイン、最高に美味しい上に安いから、みなさんにおすすめする。

 
 

 

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