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乾杯にワインを頼んで「ダメ出し」された話。

「はあ?最初にワイン頼むかフツー?お前さあ、空気読めよ、空気」

 さして仲良くもなかった中学の同級生に、私は地元の居酒屋でそう言われた。いかにも「常識ねえ奴」と言わんばかりだったのを、十五年前くらい前のことなのに、よく覚えている。
 彼の名誉のために言っておくが、別に意地悪とか私を嫌ってたとかではない。中学時代は特に親しくもなかったが、顔を出した同窓会でたまたま隣になっただけ。それに最初の一杯を頼むまでは、思い出話で楽しく盛り上がっていたくらいだ。
 なのに、幹事が注文をとり始めて飲み放題メニューを見て私が選んだワインに、彼は文句をつけた。昔のことなので、私そう言われて何と言い返したか、そこは実はよく覚えていない。やっぱりワインを頼んだのか、彼に言われた通り何か違う酒に変えたのか、記憶はあいまいである。
 あの時二十代半ばだったと思うが、私はこの時に自分が大好きなワインが、私以外の世界でどうやら市民権を得てないことを、思い知らされた。
 まあ、今現在はだいぶ事情が違うと思うけれど、十五年前だったし、何より私の地元はドのつく田舎である。日本酒が名産な土地で、もちろんワインバーなんか近くにない。居酒屋に置いてあるのは、ビールや焼酎や、簡単なカクテルか、あとウイスキーくらい。チェーン店のコンビニやスーパーでいちおう色々なワインは買えるが、日常的にワインを飲んでる人なんか、そういえば周囲に私しかいなかった(余談だが父に「お前、そんなものうまいか?」と赤ワインを飲んでたら言われたこともある)。つまり、需要がないから、地元の店にはワインは置かないのだ。たまたまその同窓会で使ったそのお店にはワインがあったから頼もうとしたけれど、実は地元では珍しかったのだ。
 つまり、少なくとも私の地元の話だが、ビールや焼酎と違って一般的ではない酒であり、しかも「なんか気取ってて、よくわからないとっつきにくい酒」だった。日常的に浸透していないから、私の周囲にいる人たちは、たいがい、ワインに大してそんなイメージを持っていたのである。
 だから、大勢が集う同窓会での最初の一杯に「ワインがいい」なんて言う私は「空気が読めない気取った奴」だったわけだ。
 当時は腹が立ったが、今なら彼の言ったことも理解できる。正しいか正しくないかはともかく、私は自分が好きで当たり前に飲んでいたワインが、彼を含めた周囲には遠い存在のアルコールだった、ということだ。
 私はそれから何年かして、自宅からは少し遠いが、地元のワイナリーに就職した。今はショップで好きなワインを売りながら、楽しく仕事をしている。
 私の勤め先は観光ワイナリーの側面もあって、特にワインに興味がない人もお客様にはたくさんいる。ツアーのコースに入っているから、と言う理由で観光バスに揺られながら、ワイナリーにやってくるのだ。おそらく、うちに来られるお客様の半数以上は、同窓会の乾杯でワインを頼んだりしないと思う。
 私は、そう言う「ワインに興味が薄い」お客様が少しでもワインに興味を持ってくれればな、と思いながらいつも接客しといる。そしてできれば「ワインって美味しい」と感じてもらいたいな、とも思う。
 なるべく分かりやすく、丁寧に。ワインって難しい、というイメージを払拭してもっと日本人にも身近になって欲しい。それが、いまの私の仕事のスタンスだ。
 もちろん味の好みは人それぞれだから、いろいろ難しい。逆にワインが好きな人の中には、ワインは「安易に扱ってほしくない酒」だったりすることもある。
 ただ、私はもっともっとワインのハードルを下げたいのた。私の推し酒であるワインを、たくさんの人に気軽に飲んで欲しいし、美味しいな、と思って欲しいわけである。
 同担拒否どころか、同担大歓迎。好きなものを好きになってくれる人がいるのは嬉しいばかりだ。

 ちなみに、当社の飲み会では、当たり前だが、乾杯にワインを飲むことに文句なんか言われない。むしろ最初はみんな、自社のワインでよく乾杯する。最高!

 
 
 

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