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ジョン・ガードナーについて〜或いは哀しい性〜リプライズ

その図書館は地上8階、地下二階建ての非常に大きな図書館である。ラウンジ・スペースでは飲食可能なスペースがあった。資料請求した本が書庫から準備できればスマホに通知される。最新のトレンドにも対応していた。ジョン・ガードナーの「オクトーバー・ライト」が書庫から受付カウンターに届くのを待合室で待っている時に彼に話し掛けてくる男がいた。
「そうなのかい?あんたもあの映画のファンなんだ。それは奇遇だね。」とその男は城山に嬉しそうに語りだした。その男はジョン・レノンのTシャツの上にジャケットを羽織っていた。シワだらけの左手の薬指には林檎と蛇をモチーフにしたリングを嵌めている。ロックが好きな伊達男、そんな風情だった。
「俺はショーン・コネリーに遭遇したことがあるんだよ。」と彼は自慢気に言った。その自己申告を当てにすれば50〜60代だろう。見た目はそれよりも若く見えた。
「主人公はショットガンでテレビを撃ち抜くらしいです。」と城山は検索でヒットした曖昧なデータをその男に説明した。彼がジョン・ガードナーについて知っている事をまとめてみよう。
○推しのレイモンド・カーバーの学生時代の恩師で、周囲の状況を説明することで登場人物の心情や葛藤を表現する手法はガードナーの教えに依るところが大きい。
○「オクトーバー・ライト」の主人公はショットガンで下らない番組を垂れ流すテレビを撃ち抜く人物である。
○左右にに反り立ったモノをそれぞれの手で掴んだ時にグランド・キャニオンが開いたような感覚を覚える女が登場する。
断片的で全体像を掴むには欠けているピースが多すぎた。城山はリアルで作品に触れた男に非常に強い興味を持った。そして、彼の話を注意深く聞いていた。
「そうだな! 彼はダンディで、常に美女がクールな彼を放っておかないところが魅力なんだよ。彼の射撃のフォームは男ながらに撃ち殺されたい!そんな気にさせるのよ。映画館に熱心に通って、大スクリーンで観ていたよ。」
「なるほど。そんなんですか。」と答えながら城山は映画のワン・シーンを想像してみた。ダンディな主人公がショットガンを構えたポーズを華麗にキメている。その傍らには全裸に近い彼の勇姿が映画作品として成立させるために美女が左右それぞれの手で握っている、いや違うだろう。カムフラージュしている。非常に危険な薫りが漂う画だ。
「脇をしっかりと締めてね、顔はクールそのものなんだよ。」とその男は右手でつくった銃身にグリップに当たる左手を添えて、映画スターさながらにポーズを決めている。城山は相手の拳銃に似せた指先に視線を固定しながら、自分たちの足元に美女がいることを想像した。「過剰なシリアスは最高のコメディーになる」とは誰の言葉だったろう。城山は奇妙な三人組を想像して笑いを堪えるのに必死だった。彼は右手で口元を隠しながら、とにかく話題を逸らすことにした。
「資料請求した本の準備できている頃じゃないですか?」
「そうだな。」とその男は構えた拳銃のポーズを解いて、スマホで準備状況の確認を始めた。
「請求された資料が届いてるってさ。楽しかったよ。それじゃ、またな。」とその男は受付カウンターへと向かった。
「私も楽しかったです。」と声にならない笑いで呟いた。
城山はラウンジのテーブルの上に肘をついて、人差し指と中指で造った支えに顎を置いて、これから読むつもりの本の内容について考えてみた。「ジョン・ガードナーとは文明の頽廃を土台にして、サスペンスとアクションが盛り込まれたセクシーな作風を持ち味とする作家である。」それが彼の想像するガードナー像だった。彼の中で期待が膨らんだ。グランド・キャニオンのゲートをショットガンで撃ち抜いて突破するような高揚感に包まれていた。
約1時間後にようやく「資料の準備ができました」との通知が彼のスマホに届いた。アスリートで云えば「ゾーン」、愛読者では「抑えられない期待」に取り憑かれた彼にはその長さは非常に短く感じられた。カウンターのスタッフは申し訳なさそうだった。
「お待たせいたして、申し訳ありませんでした。」
「いや、構いませんよ。お手数をおかけしました。」と城山は平静を装った。ここは図書館だ。滾る興奮を内面に留めて、静かな指先でページを進めなくてはいけない。高田ちゃんのお願いである。
「映画で有名なジェームズ・ボンドの007シリーズの英国人の原作者とアメリカ出身のこちらの作者の混同があり、資料の用意に時間が掛かりました。申し訳ありませんでした。」
「大丈夫ですよ。こちらの本の貸し出し手続きをお願いします。」と彼は何事もなかったようにクールに振るまった。
これまでのやり取りで英国の至宝と米国文学の重要人物のお二人が存在する事が確認できた。本当に下らない想像をしたことを謝罪したいとも考えていた。土下座をしてもいい。それぐらいの気持ちだった、
「本気で謝罪する気のある奴は土下座はしないよな」とヒゲ面にメガネの男がショートカットの可愛い女の子に言った。偶然だ。彼の横をとおりすぎた時にタイミングが重なったのだろう。だがらこそ図書館は面白い。「事実は小説よりも奇なり。」図書館では今日もページの内と外でドラマが展開されている。
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