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昭和の空

重たく、苦しい、昭和の空の下を彼は淀みだらけの足取りで街灯の下を過ぎる。クライアント、違う、あの頃はそんな言葉はなかった。お客様の急な設計変更で徹夜に次ぐ徹夜で疲労が頂点を越えそうな夜に限って、帰宅に向かう電車の中で酎ハイで乾杯している女の子たちと鉢合わせをする。
「プハ〜! リンキン・パークのライブ帰りに飲む酒は最高だね〜!」とA娘。
「ラッパーの彼がさ、アタシだけを見つめていたのよ。今夜は熱すぎて眠れないよ。プハ〜」と彼の熱い抱擁とそれからの秘め事を想像しながらクビっと飲むワンカップ酒のB子。
疲れ切った彼には全てが猛毒だった。そんな彼に追い打ちをかけるように駐車場の隣の公園のベンチでは高校生のカップルが互いの体を寄せ合い、満月の下で二人でひとつになろうとしていた。彼の足取りはますます鈍くて、重くなる。あれから幾星霜の星たちと時間が流れただろう。かつての駐車場は老人介護施設にリノベーションされた。
軽くにはなれない足取りで彼は今日も公園の横を通り過ぎる。介護施設の老人たちがゲートボールに興じる公園では「クールになれない」高校生たちは別の場所へと移動していった。
そして、今日も公園のベンチでは施設で出会ったお爺さんとお婆さんが小さくなった体を寄せあって、お互いにをさらに縮めようとがんばっています。
昭和の頃は自暴自棄の悪い酒だった彼、令和の空の下ではほろ酔い下弦の月です。
そんな素敵な春の満月の夜は満月に乾杯しましょう。今日は週末の夜です。シラフではツマラナイでしょう?
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