遠い場所
階段の踊り場で女が自分のバッグを地面に叩きつけた。
レザーのバッグが地面と衝突して鈍い音が二人だけの閉鎖された空間に響き渡る。そして、「あたしのこと殴っていいからさ、一発殴らせて」と男に迫っている。
男は両手の掌を女に見せながら「そんなことはできないよ。ケガするよ」と自分自身の危機を顧みずに女のケガを心配している。男はゆっくりと後ずさりしながら声を震わせている。
そこには他人が入り込めない濃密な世界が広がっていた。そう、公共の空間で二人は別世界に迷い込んでいた。世界は二人だけのモノだった。誰も二人がいる場所に近づけない。
オリンピックが近所で開催される予定だけど、事前の準備、盛り上がり、話題すらもない、誰も近づけない火星よりも遠い場所のオリンピックのように思う。
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