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元昆虫少年が目指す 愛と 夢のもの作り

インタビュー相手 大河内家具工房 大河内淳さん

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くねくねとした山道をのぼっていくと、道路脇にいくつも「漆器」の看板が見えてくる。たどり着くのは、山の緑がまぶしい木曽平沢の町だ。

大河内家具工房は、木曽漆器伝統工芸士である大河内さんが立ち上げた気鋭の家具工房だ。インタビュー冒頭では緊張する私に「全然緊張して見えないよ」とさりげなくフォローしてくださった。インタビューを通して始終感じられた、大河内さんの人柄のあたたかさだった。

今回のインタビューでは、そんな大河内さんが運営する会社のこと、そして、新たな試みとなる「NOKO」についてお話をうかがいました。

「実は子どもの頃に何度か家族旅行で訪れたことがあって。昔はね、昆虫少年だったんですよ」

そう言ってはにかんだ大河内さんの笑顔は優しい。
山に入って生きものと遊ぶのが大好き。実家に戻れば、父親が経営する自動車の工業塗装を施す工場の現場で遊び回っていた。高校を卒業後は、信州大学の理学部・生物学科を経て自動車部品を製造するメーカーに就職。

子どもの頃から作ることが好きだったと振り返る大河内さんが、一介のサラリーマンから現在の立場へ至るまでの道程は、ご本人曰く「若気の至り」のようなところもあるそうだ。けれどよくお話を伺ってみるとそこからは、もの作りへの一途な情熱、類稀な行動力、あらゆる経験を活かし試行錯誤を繰り返す努力の姿が見えてくる。

就職した企業で塗装に関わる仕事に取り組む毎日。自分の人生は、本当にこのままで良いのか?と、30歳が目前に迫った頃、人生について考えることが増えてきたそうだ。

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「塗装の原点って、漆塗りなんだって聞いたことがあって。車のボディって、金属でボディを作ってその上に下地を塗って、接合部分を研いで、中塗りして、研いで、上塗りして、磨き上げる。それって、まさしく漆塗りと同じなんだよね。だから塗装の原点を学ぶって言うのはどうかなって考えた」

そこからは電光石火の勢いで、木曽にあるという長野県上松技術専門校を知るや否やその日のうちに現地へ飛び、「来年から入学します」と即決。木工技術を学ぶ内に、心は家具作りに惹かれていった。

ある時、全国総合技能展というコンペティションに応募してみたところ、なんと労働大臣賞特選を受賞。多くの取材陣が大河内さんの元へ押しかけた。

「この世界にいこう、と。その時が、スタート地点って感じだったね」

家具作りを生業として独立し、大河内家具工房を立ち上げたのは2011年、43歳の年だった。現在は20代と30代の若手職人4名と共に、OEMの受注を中心にプロダクトの製作に取り組んでいる。近年までは地元を中心にホテルや企業で使用する家具の受注を請け負っていたが、生憎のコロナ禍で依頼が激減。代わりに増え始めたのが、個人からのインテリア製作の依頼だったそう。この逆境下で、一体どうやって成し遂げたのだろうか。

「なぜそういう(個人の)お客様が増え始めたかって言えば、“NOKO”で知ってもらったことからなんです」

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NOKOというのは、大河内家具工房のみなさんが育てている、木曽漆器の技術を活かした生活雑貨を提案するブランドだ。素朴である中に手仕事の美しさを垣間見ることのできる、魅力的なデザインのプロダクト。2019年のブランド立ち上げ以来、その独自性と魅力はすでに多くの人の好評を博している。そして、大河内家具工房の独自のセンスで生み出されるプロダクトを唯一無二の特徴が、木曽に伝統的に伝わる「挽き曲げ」の技術だ。

木曽平沢の地で「宗和膳(そうわぜん)」というお膳を作ることに生かされていた「挽き曲げ」の手法は、一枚の厚い板に何本も細かな切れ込みを入れることにより加熱や強力な加圧なしに美しいカーブを作りだすことができる。その技術を活かして、見事なカーブを描く美しいデザインのプロダクトを生み出す。

「大昔は木曽の職人さんが一本一本亀裂を入れていたんです。板の厚さ1ミリくらいのところを残して。それってすごい技術で。NOKOの名前のルーツは、職人さんの手がひいていた、ノコギリのノコなんです。」

イメージに沿うよう溝の間隔と本数を計算し、機械にプログラミング。切れ込みを内側にして板の両端を持ち上げると、驚くほどすんなりと木の板が湾曲する。加減を間違えば折れてしまうのでは?とも思える仕草だが、仕上がりはどこまでも自然で、均一なアーチが光る。

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「これもノウハウがあって、溝の間隔と本数で曲げの角度が決まってくる。コーヒードリッパーの台形はそれによって調整しています。様々な形を合理的に作れるようになったのはコンピュータのお陰なんだけど、その分デザインに注力できるようになったっていうのが、昔とは違うところかな」

実は、木の板を曲げる方法にはいくつか種類があるのだとか。

「例えば、曲げわっぱは柾目の檜をお湯でグラグラ煮て曲げる。挽き曲げは溝を入れて曲げる。積層曲げっていうのもあって、薄い板を何枚も重ね合わせて金型を使って成形するのね。それが悪いって訳ではないけど、挽き曲げっていうのは一枚板なんですよ。そこにはやっぱり、無駄なエネルギーが使われていない。今時のSDGsとも相性の良い部分かなって思っていて」

伝統工芸とSDGs。意外なワードが飛び出した。

「エネルギーをそんなに使っていないというところが、伝統的手法の良いところかもしれないよね。積層曲げは金型と何トンもするプレス機が必要。より身近な木ってものを使って生み出すものに対して、作る部分にエネルギーをつぎ込みたくないなって思いがあって。最近では木造建築や、木ってものがあらためて見直されてる。古くて新しいものの良さっていうのもあると思うし」

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大河内さんの脳内には、新旧・大小のあらゆる情報が常に最新の状態で更新されているようだ。地元や伝統産業のことだけでなく、世界のあらゆる視点から自分の姿を観察し、模索している。

そのような若々しい感性を、どうして保ち続けることができるのか。と聞くと、最近は木曽や伝統工芸について若い人と意見を交わすことも多いようだ。

「20代や30代の人達といると、そのエネルギッシュさや柔軟さにすごい嫉妬をすることもあって。今はまだお客様のイメージに沿って方向性を決めるところは僕がやっているけど、ちょっとした触媒をあげるだけで面白いものを作ってくれることが多くて。柔軟な発想とかエネルギーというかパワーがすごい。それを引き出すのが上司の役目だなと。そういうフィルターで自分を見ると、『あ〜俺だめじゃん』って感じることもある」

大河内家具工房、そしてNOKOの今後と野望について、聞かせていただけますでしょうか。

「うちの会社の一番の強みは、若い力に溢れているってこと。会社自体も設立してからまだ10年だし、職人さんも若くて柔軟性がある。木曽漆器の良さは僕自身もすごく感じている部分ではあるけれど、その良さをもう一度拾い出して、継ぎ足して、新しいものを作っていけたらって思います」

ただ、と大河内さんは続ける。伝統工芸を受け継ぐ立場として、製造業を取り巻く環境の変化について気づかぬ振りをすることはできない。

「今はもう、ものを作って売るってこと自体がビジネスとして成り立たなくなってきてる。もちろん、僕ら職人って、ものを作ることが価値で、それがお金になる仕事なんだけど。じゃあ何を売る?って考えると、やっぱりコンテンツを作っていくしかないかなって」

コンテンツを作る。

「前にクラウドファウンディングに挑戦した時に、支援者の方達と話をしたんです。その時やっぱり、作り手が見えることって、買う方にとってトリガーになるんだなってことが分かった。そうやって考えていかないと、今売れたとしても残っていくのは難しいかなって思うよね」

幼少期に大好きだった山の記憶。ものを作ることへの想い。培った人間関係。積み重ねてきたすべての経験が今の大河内さんを支えている。過去から未来を透徹した視線で見通すような、立体的な思考を作り出しているようにも感じられる。

「自然の中で暮らしてきた木曽の人たちの技術や伝統をもう一回紡ぎ出して、若いエネルギーで新しいプロダクトにする。地元に昔からあるものを元にした新たなデザインの提案を、NOKOでできればと思います」

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そう語った顔は、インタビュー冒頭の優しげな表情とは打って変わってピリリと引き締まり、同時に、ぐらぐらと沸き上がる情熱を強く感じさせるものだった。この日、私の中にある「職人」のイメージも少しだけ新しくなった気がする。

300年もの長期に渡り歴史を受け継いできた木曽平沢の漆工芸は、変化に寄り添いながら創意工夫を凝らしてきた職人の、たくさんの人生の結晶なのかもしれない。連綿と受け渡されてきたバトンを今、大河内家具工房のみなさんは手にしている。春に芽吹く若木のように、勢いよく邁進し続けるみなさんの姿を今後も追い続けたい。

大河内家具工房の「NOKO」の商品は、公式オンラインショップで販売中。塩尻市の木曽くらしの工芸館2階展示ブースや、東京都のセレクトショップ「coto goto」などで手にすることができる。ぜひご覧いただければと思います。

(取材・編集 伊藤理菜)

大河内家具工房の詳細はこちら

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