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働くとは何か~米子で出会った驚愕と感動のカレーショップで労働を考える

とある金曜日、たまたま米子のビジネスホテルでテレワークをしていて、お昼休みにラーメンかカレーを食べたいと思って街に出ました。あまり魅力的な店が大通りにはないので、裏に入ります。ちょこちょこ歩いていると、ここではよさげな店がいくつかあります。11時20分くらいという早い時間ですが、覗くとほぼ満席の繁盛店があったので、そこに入ることにしました。これが驚愕と感動のカレー店と私との出会いです。店の名前は「Tonkin」。

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店に入るとお母さまから元気な声が飛びます。店はコの字カウンター。厨房の中には80歳超ではないかと思われるご高齢のお母さまがお2人。あとでネットで調べたらご姉妹のようです。カウンター席ですでに食べている先客の様子とメニュー板を見比べます。揚げ物が乗ったカレーとハンバーグが乗ったカレーに先客のメニューは二分されます。おそらくチキンカレーとバーグカレーではないかと思われます。目玉焼きも鎮座しているそのビジュアルに惹かれてバーグカレーを頼みます。

そして、何の気なしに厨房をぼんやり見ていると驚愕のショーがそこでは続いていたのです。カツはオーダーが入ってから衣をつけて揚げます。昼時に混んでいる繁盛店ではありますが、まぁここまではあるでしょう。驚くべきはハンバークです。なんと注文が来てから玉ねぎを刻み、ひき肉と捏ねて、ハンバーグを焼くのです。高級店でもハンバーグ専門店でも暇な店でもありません。ここは、多くは常連と思われる客がひっきりなしにくる、客単価はリーズナブルな町場のカレーショップです。ちなみにバーグカレーは750円。そして、厨房に立つのは80歳超ではないかとも思われるご高齢のお母さま。お一人は腰が90度近く曲がっておられます。もうお一人は相当にお耳が遠いようで、常に大きな声を出されます。このお二人が、まさに見事な立ち振る舞いで、調理・接客・配膳・片づけ・洗い物・会計をこなされます。もう一つの驚愕は、この店、一切オーダーをメモりません。すべてお二人の記憶で回しています。なので、時々「大盛だっけ」とか「バーグカレーね」と確認が入ります。聞こえているのか心配だったのでしょうか、若い後客が「バーグカレーお願いします」と2回いうと、「バーグカレー2つね」と返ってきてました。冗談なのか真面目なのかの判別がつきません。さらに、後客がバターライスなるメニューをオーダーしました。一瞬、カウンター内の空気感が変わりました(禁断のオーダーなのかもしれません)が、オーダーはすんなり通り、耳の遠い方のお母さまがほかの作業から離れてフライパンを豪快に煽って調理します。満席の中であれを発注するのはかなり勇気のいることでしょう。

プレゼンテーション1

厨房の中のお二人をみていて、働くって凄いと思いました。そして、この夜、梯子酒から戻って、日経産業新聞の連載を書き始めました。腰は曲がり、耳は遠くても、このお二人はとても元気です。記憶力も素晴らしいです。そして、ここでカレーをいただく私たちは、一緒に元気をいただきます。身体も脳も働くことによって維持され鍛えられています。

人生100年時代とか無責任に言われ始めていますが、働き続けてきた人は、年をとっても働くのをやめてはいけません。身体を動かしているとかそういう文脈ではありません。お二人はこのカウンターの中から、間違いなく世界とつながっているのです。世界に感謝され、世界の多くの人の役に立っているのです。その感覚がおそらく脳と身体を元気にさせているんだと思います。

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先日、酒井譲さんにお願いした介護のセミナーの打ち合わせで、中小企業のオーナーの健康寿命が長いという話を聞きました。彼らは生涯現役です。コロナ禍で哀しいにニュースを多く耳にしましたが、カクテル「雪国」の発案者で有名な酒田の「ケルン」の日本最高齢バーテンダーは、感染防止により店に立たない日が続くことにより体調を崩し、亡くなられました。酒田の近くの街、鶴岡の「南蛮居酒屋89(やぐ)」の85歳を超える女性バーテンダーも店に立たなくなるとともに、体調を崩し、店を閉じました。社会とのつながりを閉ざすのが新型コロナウイルスのもっとも邪悪な性質です。そんな中で「Tonkin」のお2人は元気です。そして、バーグカレーは旨いです。ルーはシャバシャバタイプ、家庭的なカレーとは完全に一線を画しており、意外性を感じます。ハンバークが丸々とでかく、目玉焼きの黄身を崩して食べるとバランス感が高まります。最高です。

特にキャリア関係の方は、是非とも米子の街にお邪魔してみてください。いろいろなことを考えさせられるカレーショップです。お客への声掛けも実に絶妙です。そして、声が大きい。そんな声に背中を押されて店を出ます。

ネットで映像をみつけました。たぶん、もう数年前のものだと思います。この映像ではあのカウンターで感じる臨場感と迫力は半分も伝わっていないでしょう。移転前の全盛期の吉村家の劇場感を超えているとも思います。

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