"言葉"との向き合い方
皆さんおはこんばんにちは!
(4401文字/約6分で読めると思います。)
4回目の緊急事態宣言が発令され、#緊急事態宣言でTLを覗いてみると、アレやコレやと様々な意見が飛び交っているのを目にしますが、なかなかに刺激的な言葉で書かれていることも多くあり、いやぁ政府もパニック状態だしもうこういうところでストレス発散するしかないのかもなぁとも思った今日この頃です。
そんな感じで罵詈雑言などを目にしていると、ストレートな文字列の分、なかなかに気持ちが滅入ってしまいます。まぁみなければいいだけの話なんですが、Twitterという140文字で誰でも投稿できる世界でも、ときにここまで言葉遣いが荒れるものかと思ってしまい、普段は魅力的なインターネットも参加者の言動によって形が変わってしまうんだなぁと感じました。
そんな世界を眺めていて、西野さんが言っていたことを思い出しました。
人間が汚い言葉を選べるのは、言葉が無尽蔵に刷られてしまうから。
刷られてしまうというのは通貨に例えているのですが、つまりは自分の中での流通量をいくらでも増やせるから、一言一言躊躇わずに発言したりすることができるんですね。
テキストだけでなく、数秒の動画や、PodCast、ライブ配信など様々な形式で発信でき、無尽蔵に言葉を生み出せる時代だからこそ、自分が扱う言葉とどう向き合っていくのか、そんなことを考えていければと思います。
言葉のハイパーインフレ
このVoicyで聞くことができるんですが、言葉というのは既にハイパーインフレを起こしていると西野さんは語っています。
お金で言えば、流通し過ぎることによって、通貨そのものの価値が下がっていく現象で、有名な例がジンバブエドルのハイパーインフレで、国策の失敗から、3京5000兆ジンバブエドルが1ドルという為替になってしまいました。
これも中央銀行が政府の言われるがままに紙幣を刷ったことにより、結局紙幣1枚ごとの価値が極端に下がってしまったという成り行きですが、言葉でも同じことが言えるよねというのが西野さんの考え方です。
人は生まれてから今までずっと文字を刷り続けていて、いつでもどこでも文字を生産し、コミュニケーションを取ることができます。特に今ではSNSを通じて瞬時に文字を生産し、全世界に公開することもできます。
ともすれば、言葉のハイパーインフレが起こっている状態で、少しくらい無造作に扱ってもすぐに再生産できるので、雑に扱ったり、簡単に相手が傷つく言葉を放ってしまったりしています。
それは各々の優しさの問題なのではとも思いますが、一昔前の手紙のやりとりなので、わざわざ相手を貶めたりするような言葉を使うでしょうか?手書きかつ、スペースに限りがあるので、わざわざ雑な言葉を選ぶことはせず、近況を伺ったり、体調を気遣ったりと、優しい言葉になりやすいのではないでしょうか。(そもそも雑な言葉を向ける相手に手紙を書かないとも思うので、つまりは自分の文字を使う相手にならないということかもしれません。)
しかし今はLINEであれ、Messengerであれ、どれだけ時間的、空間的な間が空いていようともお互いがオンラインであれば秒で言葉を交換することができます。そうなると、言葉一つ一つを貴重に思えなくなるので、言葉遣いが雑になったり、汚い言葉を選んでしまうのかもしれません。
Twitterのリプライや、Youtubeのコメント欄もアカウントさえ持っていれば一瞬で発言することができるので、良いことも悪いこともすぐに書くことができます。もしこれらが手書きでしかかけないとなったら、そうまでしてでも悪口を言う人は逆にいるのか考えてしまいますね。。
音楽の言葉と向き合う
言葉は無限に刷れるから扱いが雑になりすいとかもという仮説を立てたところで、実際にどうやってその扱いを丁寧にしていくかという話なんですが、これは自分なりの答えがありまして、それが「音楽を聴く」です。
それだけかよって思いがちですが、音楽というのは、メロディーやサウンドの他に、歌詞という要素があり、これは言葉のプロが自分の感情や情景を表現するための重要な要素でもあると思います。
そんな音楽の中で使われる言葉を聞くのが一番の処方箋なのではと思うのですが、田我流さんがとあるインタビューで以下のようなことを述べていました。
愛って言葉を出さず、どう表現するか。
言っちゃったら終わりじゃないですか。
でも、”あ、これは愛なのか?”って聴いた人にちょっとした考える余地は残したいですよね。
シンプルな字面をそのまま受け取るのではなく、聴いてる側に考えさせて、感じさせるテクニックは鳥肌ものですが、こういった歌詞と向き合えば向き合うほど、自分の言葉選びというものも考えさせられます。
そんな自分が喰らってしまった言葉選びをほんの一部ではありますが、ここで紹介させて頂ければと思いまして、まずは、武道館で1マンライブを敢行しつつも、現役の塗装工であり、2児のパパでもあるラッパー、ZORNさんから。
お前らのためとは思わねぇ
そうじゃなくて、お前らのおかげ
「My Life 」
印鑑だけじゃない責任感
かねづるでいい買い物誘え
「Letter」
貧乏で質素で豊かな暮らし
億万長者も孤独だったら虚しい 「My life feat ILL-BOSSTINO」
外見は刺青も入っていて強面感はありますが、それでも2児の娘さんへの愛と、父として守り抜く覚悟というものを言葉の節々に感じることができます。豊かさについての一節をさらっと挟んでいるのもまた考えさせられるのがZORNさん節でもあります。
続いては先ほどのインタビューでも触れた田我流さんです。
時代に合わせ呼吸するつもりはない
人であることを選び求める Love
今日は残りの人生の初めの一ページ 「ゆれる」
孤独や憂鬱 さらっと着こなし
現実がいびきをかく内に 今を取り戻そう
傷跡の数だけ、気の利いたジョークと
溜め込んだ優しさで変えていく Bad Days
考え過ぎんなよ 身体に毒さ 答えはその内に向こうから What'up
「夢の続き」
思い出は鮮やかで 悲しいほど美しい
過ぎ去った日々を背に 次の街俺は向かう
「センチメンタルジャーニー」
思い通りに行くことばかりじゃない、時には厳しい人生とどう向き合っていくか、そこで受けた傷の分だけ優しくなれるし、今日という日は残りの人生の最初の日なんだという、、 綺麗事ばかりを並べるのではなく、しっかりと現実と向き合いつつも、そんな憂鬱を軽やかに飛び越えていけるようなエールとも受け取れる最高な詩ですね。
お次は星野源さんですが、J-POPという分類にされることも多く、キャッチーなメロディと歌詞に目が行きがちですが、多忙なスケジュールからくも膜下出血で倒れたりと、壮絶な過去を持っている源さん。
生きてただ生きていて 踏まれ潰れた花のように
にこやかに中指を
卑劣が肩を叩けば、笑顔が唾の代わりさ
「Ain't Nobody Know」
人差し指の隣の指はまだ閉まっておいて
「さらしもの」
順風満帆なアーティスト人生と思いながらも、売れない時代や、マルチな活動からくるバッシングなど様々な壁とぶつかってきた源さんだからこそ、吐かれる単語の一つ一つと毒々しさだけでない、包容力のある優しい言葉選びには惚れてしまいます。
特に人差し指の隣の指は、中指にも親指のもなるよねという隠喩のような使い方は粋すぎて教えてもらった時に鳥肌が立ちました。。
最後は最近の宇多田ヒカルさんから一節。
初めてのルーブルは なんてことはなかった
私だけのモナリザ もうとっくに出会ってたから 「One Last Kiss」
あなたのことが好き、魅力的、とストレートに伝えることも簡単なことではないですが、分かりやすいモナリザという対比を持ち出して、もうとっくに出会ってたなんて、どうやったらこんな一節が浮かんでくるんでしょうか。ロマンチック過ぎです。
遠慮よりも配慮
自分の言葉選びとしっかり向き合うためにも、プロが紡ぐ言葉を聴いて、言葉と向き合う時間を増やせたらいいねという話(殆ど自分のエゴ紹介になってしまいましたが汗)なんですが、詰まるところ遠慮よりも配慮(SIRUPさんの「Your Love」にもあるように)だと思っています。
相手が不快に思うかもしれない、と遠慮しまくって何も喋らないのではいつまでも経験値は貯まりませんし、経験値が貯まらないと自分の言葉ストックも増えません。
一言でも言葉を発する前に、これを言ったらどう思われるか想像してみて、解釈の間違いは起こらないか、もしかしたら自分の理解が足りてないのか、などの想像を巡らして、配慮を持った言葉選びをすることが大切だと思います。
コミュニケーションはあくまで相手のためのものであり、自分が言いたいこと、主張はこういったnoteのような媒体に書き殴るとして、それ以外の言葉選びは、相手にどうポイントと入れるか、どう気持ちよく話してもらえるかに焦点を当てることを心がければTLで無駄な言い争いなどには発展しなさそうです。
人にやられて嫌なことは、相手にもするなとか言いますが、それが相手にとって嫌かどうかは相手が決めることですし、俺はこう言われても何も思わないし、言っても大丈夫でしょという時点で既にベクトルは相手に向いていないので、繰り返しになりますが、相手のための言葉選びと配慮を欠かさないようにしたいですね。
日常的に言葉と向き合う
結局音楽を聞けばいいという点に着地するかはさて置き、普段遣いする言葉だからこそ、一言一言と大切に向き合っていくことは大事だと思っていて、その癖をつけるためには、プロの言葉選びに触れて、参考にするのは一つの手段としてありなのではと思います。
イメージとしては、高級料亭などで出される至極の逸品であれば、料理の知識に乏しくても、自分の神経を尖らせて、なんとか頑張って味わおうとする感じに似ているかもしれません。相手が一流なら、こっちもそれ相応のリアクションを取るために慎重に身構える感じです笑
誰でも簡単に文字を擦っては流通させられる時代にいるからこそ、1文字1文字を大切に扱うことが大事で、そうすれば無益な言葉のぶつけ合いをすることもせず、心地いいコミュニケーションを取れるかもしれません。そのためにも、音楽に限らず、小説や、詩などプロが紡ぐ言葉に触れて自分の言葉として反映させていけたらいいなと思いました!ではまた!
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