【ホラー小説】eaters 第14話
◆あらすじと各話は、こちらから
弁当事件があった翌日、真由子の友達は瀬奈に謝ってきた。
瀬奈にとっては、耐えがたい屈辱だ。
謝られたところで、なかったことにはならない。
黙っていると、真由子も一緒になって謝ってきた。
「本当にごめんね。もっと早くに私がとめていればよかったんだけど。みんなも反省してるから、許してくれる?」
真由子が大きな声で言った。
窓際の席から海斗も見ている。
瀬奈は許すよりほかなかった。
それからは休み時間でも瀬奈は、真由子とその友達に囲まれて過ごしていた。
ドラマや好きな歌など、話題は尽きない。
「ねえ、これ見て! 昨日、撮ったの」
真由子がスマホの動画をみんなに見せた。
猫じゃらしで遊ぶ飼い猫が映っている。
「カワイイ!」
「でしょ?」
「いいなぁ、真由子のところは猫がいて」
うらやましがる友達に、真由子は得意げに微笑んでいる。
瀬奈は、あの時の子猫を思い出していた。
まだ小さかった。
弱々しい心臓の音。
手の平に伝わってきた温もり。
「……さん?」
気付くと、みんなの視線が瀬奈に向けられていた。
「沼澤さんは、何か飼ってるの?」
真由子が訊いてきた。
瀬奈は視線の先を泳がせながら、ボソリと言った。
「……金魚」
「ふーん、そうなんだ」
周りの期待に満ちていた目が冷めていく。
金魚を飼っていると言っても、誰もうらやましがってはくれない。
「今度、動画を撮ってきてよ」
「……うん」
頼まれたところで、見せられるような動画は撮れないだろう。
瀬奈が近付くだけで金魚は怯え、水草の陰に隠れたり、隅のほうへ逃げたりするからだ。
それに今、家には二匹の金魚しかいない。
瀬奈がつまみ食いしたせいだ。
夜中に小腹が空いて起きた時。
学校から帰ってきた時も、小百合の目を盗んで……。
金魚を食べた時は、不思議と罪悪感はなかった。
冷蔵庫にあるパック詰めの肉や魚とは違う。
まさに、いきのいい生餌だ。
可愛がっていたはずの金魚も今の瀬奈にとっては、養殖魚と同じだった。
だが、神社の裏で子猫や上級生の死体を食べ続けている間は、金魚に手を付けなかった。
上級生の死体は、日が経つにつれて腐乱がすすんでいく。
それでも毎日、学校の帰りも、休みの日も散歩に行くと言って、瀬奈は神社に行っていた。
ウジがわき、カラスに突かれていても瀬奈は、腹が満たされるまで死体にかぶり付いた。
真由子達の話題は、コロコロ変わる。
翌日には金魚のことも忘れているだろう。
瀬奈は、そう願っていた。
「あ、そうだ! 浜田君って……」
真由子は用事を思い出したように、海斗の席に向かった。
たいした用ではない。
これみよがしに、海斗と仲がいいところを瀬奈に見せつけている。
残された友達と話をしながら、瀬奈はチラリと二人に目を向けた。
真由子が瀬奈にかまってくるのは、学校の中だけだった。
最近の真由子は、瀬奈と一緒に帰ろうとしない。
家が同じ方角だというのに、瀬奈が声を掛けても「今日は友達と約束がある」、「行くところがある」と言って、さっさと教室を出ていく。
瀬奈は真由子との間に、わずかな距離を感じていた。
そんなある日の朝。
「斉藤さん、おはよう」
「おはよう、沼澤さん」
教室に入って真由子に近付いた時、瀬奈の顔色が変わった。
「沼澤さん、どうしたの?」
「……ごめんなさい」
鞄を持ったまま、瀬奈は手で口を押えながら教室を飛び出していった。
向かった先は、何度も世話になった保健室だ。
病気のことを知っている養護教諭は、何も言わずに瀬奈をベッドに寝かせた。
午前中の授業の間、瀬奈はずっと保健室で横になっていた。
昼になって、ベッドのそばに置いてある弁当の袋を手にする。
「先生、すみません。ここで……お昼を食べてもいいですか?」
閉ざされたカーテン越しに訊くと、養護教諭から優しい声が返ってきた。
ベッドの上で弁当を広げ、真っ白な布団にこぼさないよう、静かに肉を口にしていく。
午後も保健室で過ごし、ベッドの上でジッと天井を見つめていた。
放課後のチャイムが鳴ると、瀬奈は閉め切っていたカーテンを開けた。
「先生、ありがとうございました」
「もう大丈夫なの? お母さんに連絡して、迎えに来てもらおうか?」
「大丈夫です。一人で帰れます」
保健室を出て玄関に向かう途中、向こうから海斗がやって来た。
「沼澤、大丈夫か?」
「うん。もう大丈夫」
心配そうにしている海斗よりも、瀬奈は玄関のほうを気にしている。
「それじゃ私、帰るね」
瀬奈は急いで玄関に向かった。
校舎を出て、家のほうへ駆けていくと、真由子の背中が見えた。
「斉藤さん」
「……沼澤さん」
声を掛けると、振り返った顔は一瞬、不機嫌そうに見えた。
「身体は大丈夫なの?」
真由子の顔は、いつもの笑顔に戻っている。
「いっぱい休んだから、もう大丈夫。今日は一緒に帰ってもいい?」
「……うん、一緒に帰ろう」
並んで歩きながら、瀬奈は隣に目をやった。
真由子の横顔は雲っていた。
しかたなく一緒に帰ってやる、というのがにじみ出ている。
「沼澤さんって、浜田君のこと好きなの?」
突然、真由子が訊いてきた。
瀬奈は逸らした視線を泳がせている。
海斗に想いを寄せているのは、自分だけではない。
真由子もそうだ。
海斗と話す顔を見ていたら、いやでも分かる。
「私……」
「私ね、浜田君のこと、ずっと前から好きだったんだ」
言い掛けた瀬奈を真由子が遮った。
驚きはしないが、こうしてハッキリと言葉にされると、針で刺されたようなチクリとした痛みが胸に走る。
教室で仲良さそうに話していた二人の姿が頭に浮かんだ。
海斗と真由子は、お似合いの二人だ。
瀬奈は分かっていたつもりだった。
海斗が自分に声を掛けてくるのは、みじめで、かわいそうだからだ。
ただ、それだけのこと。
「そ、そうなんだ」
「沼澤さん、応援してくれるよね? 私達、友達でしょ?」
真由子が顔を覗き込んできた。
目の前にある、とびきりの笑顔に断れるわけがない。
「……うん」
「ありがとう! ついでにもう一つ、お願いがあるんだけど」
「……何?」
「浜田君とは、もうしゃべらないでくれる?」
たとえ声を掛けられても、海斗とは絶対に口をきかない。
それが真由子の願いだった。
「……分かった」
「約束だからね!」
瀬奈は海斗への想いを封印しようとした。
海斗から初めて声を掛けられたのは、体育館だった。
そのあと、校庭でお昼を食べていた時も。
人気者で、スポーツ万能で、水泳部のエース。
小麦色のたくましい体付きと、爽やかな笑顔。
思いやりがあって、優しくて……。
真由子は健康で、頭もよくて、友達もたくさんいる。
いくら望んだところで、真由子に勝てるはずがない。
叶うわけがない。
そんなのは分かっていた。
瀬奈は、真由子がうらやましかった。
学校で初めて声を掛けてきたのは、真由子だ。
その時のことは、今でもよく覚えている。
本当に嬉しかった。
だが、次第に真由子からは、どんよりとした何かを感じるようになった。
目を見たら分かる。
笑っていても、目だけが違った。
今もそうだ。
笑顔の向こうにあるものを瀬奈は感じ取っていた。
「斉藤さん、猫が好きなんだよね?」
「うん、家にも猫がいるしね」
「知ってる? 神社の裏にね、子猫がいるの」
瀬奈が笑顔で言った。
[続く]
◆第15話は、こちらから
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