見出し画像

【ホラー小説】eaters 第15話

◆あらすじと各話は、こちらから

 瀬奈と真由子は神社に向かっていた。
 
「どんな猫なの?」
 
 鳥居をくぐりながら、真由子が訊いてきた。
 猫と聞いて、興味津々の様子だ。
 
「白くて、ちっちゃくて、すごくカワイイよ」
 
 瀬奈が言ったあと、社の裏辺りからカラスの騒がしい鳴き声が聞こえた。
 
「まさか、カラスに襲われてるんじゃ……」
 
 心配で足を速める真由子に、瀬奈も続いていく。
 
 社の横を通って裏側に来た時、真由子の足が止まった。
 六羽のカラスが何かに群がっていた。
 
 ボロボロになった白いブラウス。
 ライトブルーのチェック柄のスカート。
 スカートの丈は、やけに短い。
 そこに横たわっていたのは、同じ中学の制服だった。
 
 死体の腐ったにおいが辺りに漂っている。
 腕や足は、ほとんど骨しか残っていない。
 頬の肉がごっそりと削れている顔も、くぼんでいる両目には眼球もない。
 カラス達は今も、わずかに残っている皮膚や肉をクチバシで突きながら取り合いをしている。
 
 頭部から伸びている、明るい茶髪のポニーテール。
 目の前にある変わり果てた姿は、紛れもなく行方不明になっていた二年生の女子生徒だった。
 
 真由子は手を口に当てたまま言葉を失っている。
 
「私ね、今日は朝からずっと我慢してたの」
 
 背後から聞こえた瀬奈の声に、真由子はゆっくりと振り返った。
 
 朝、校舎に入った瀬奈の鼻に、ある匂い・・・・が漂ってきた。
 教室に入ると、匂いが濃くなった。
 匂いの元は、真由子からだった。
 
 昨日の夜から、真由子は生理になっていた。
 瀬奈が嗅いだのは、その血の匂いだ。
 
 むせ返るほどの血の匂いに、瀬奈は保健室に逃げ込んだ。
 天井を見つめながら、弁当の肉を頬張りながら、真由子の顔が何度もチラついた。
 ここにやって来る間も、真由子の隣で瀬奈はずっと我慢していた。
 
「ううん、今日だけじゃない。今までずっと……我慢しかしてこなかった」
 
 病気のせいで入退院を繰り返し、つらい思いをしてきた。
 両親には迷惑ばかりをかけ、学校に通う以外、ワガママも言えなかった。
 行きたいところも、欲しいものも、ずっと我慢してきた。
 自由に外にも出られず、好きな服も着られなかった。
 
 学校では誰も話し掛けてくれず、いつも一人ぼっちだった。
 健康で仲良さそうにしている生徒達が、うらやましかった。
 
 新薬を打たれたあと、急に身体が楽になった。
 学校にも普通に通えた。
 体育の授業にも出られた。
 友達もできた。
 好きな人もできた。
 
 だが、友達だと思っていた真由子は……。
 
 瀬奈は、これまでの思いを口にしていった。
 
 黙って聞いていた真由子は、なぜ今、この場所で、瀬奈がそんなことを言い出したのか、分からなかった。
 
 それよりも、すぐそこにある上級生の死体に、瀬奈は驚いてもいない。
 妙に落ち着いている。
 これまでの我慢を口にしているというのに、その顔には悲しみや怒りといった感情が一切見られない。
 
 プールで騒ぎがあった時、水面から顔を出していた瀬奈。
 学校帰りに、プールでの出来事を訊いた時。
 今、目の前にある無表情な顔は、あの時と同じで、真由子はなんだかいやな胸騒ぎに襲われていた。
 
 背中にジットリと汗がにじんでくる。
 この暑さのせいではない。
 むしろ、枝葉を広げている木々のせいで、ここは涼しいほうだ。
 胸の鼓動がドクン、ドクンと強くなっていく。
 額でにじむ汗が、雫となって頬に伝った。
 
「でも、もう我慢しなくていいよね?」
 
 瀬奈の顔に怪しい笑みが浮かぶと同時に、辺りの空気が変わった。
 死体の肉をついばんでいたカラスはビクッと羽を震わせ、いっせいに木の上へ逃げていった。
 
 真由子は全身に凍るような寒気が走っていくのを感じた。
 目の前で、瀬奈の瞳が深い闇を思わせる黒に染まりだしている。
 黒に侵食された瞳には、点ほどの白も残っていない。
 
 黒い……目。
 真由子は、プールで溺れかけた陽向が言っていたのを思い出した。
 陽向が見たのは、瀬奈で間違いない。
 
「斉藤さん、ごめんね。さっきの約束、やっぱり守れない」
 
 真由子は瀬奈に、海斗と二度と話さないよう誓わせていた。
 ニタリと不気味にゆがむ唇の隙間から、とがった歯の先が見える。
 
「まさか、この死体……沼澤さん……がやったの?」
 
 真由子が声を震わせた。
 瀬奈は何も答えず、一歩、また一歩と近付いてくる。
 逃げ出そうにも、足は鉛のように重い。
 ようやく少しずつ動かせた足で、後ろに下がっていく。
 
 と、その時、真由子は上級生の骨だけとなった足につまずいてしまった。
 仰向けで死体の足元に重なった真由子に、瀬奈がおおいかぶさってくる。
 
 目の前に迫ってくる黒い瞳。
 真由子は大きく目を見開きながら、声を振り絞ろうとした。
 
「……だ、誰か……」
 
 真由子が叫ぼうとした時、瀬奈は左手を真由子の首に伸ばし、右手でその口をふさいだ。
 
「私も浜田君のこと好きなの。だから……ごめんね」
 
 女子中学生の片手とは思えない、強い力が細い首を締めていく。
 
 その様子を木の上から、カラス達が静かに見下ろしていた。
 
 
 真由子をむさぼったあと、瀬奈に罪悪感は少しもなかった。
 むしろ、こうするのが当たり前のように思えた。
 
 上級生を食べた時も同じだった。
 
 満足感。
 達成感。
 充実感。
 満腹感。
 
 圧倒的な高揚感で満ちあふれていた。
 
 これでまたしばらくの間、オヤツにも困らない。
 邪魔をする者は、こうして食べてしまえばいい。
 
 ここは、無人の神社。
 参拝客はおろか、誰もやってこない。
 多少、カラスが騒いだところで、近くに民家もない。
 誰にも気付かれない場所。
 
 瀬奈にとって、この神社は狩場を兼ねた聖域となった。
 
 
[続く]

◆第16話は、こちらから


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?