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【ホラー小説】eaters 第12話

◆あらすじと各話は、こちらから

「ただいま」
「おかえりなさい。お腹は空いてる?」
「食べてきたから、いらない」
 
 小百合が出迎えると、瀬奈は胸の前で鞄を抱えたまま、部屋に入っていった。
 
 少しして、部屋から出てきた瀬奈が洗面所に向かったようだ。
 手洗いとうがいにしては、やけに長い。
 心配した小百合は、洗面所に向かった。
 
「瀬奈?」
 
 瀬奈は洗面台で、制服のブラウスを洗っていた。
 洗剤の泡と一緒に流れていく水が、なぜか赤い。
 
「それ、制服の……ブラウスでしょ? どうしたの?」
 
 瀬奈の手が止まった。
 振り向いた顔に、笑みを浮かべている。
 
「ちょっとケチャップをこぼしちゃって」
「ケチャップって……、またフランクフルトでも食べてきたの?」
 
 小百合の顔に不安の色が見える。
 
 一人で買い食いしたのなら、わざわざケチャップを付けないはずだ。
 朝食と夕食は夫がいる手前、料理した肉や魚を出しているが、弁当は火を通しただけで味付けは一切していない。
 瀬奈が、そのほうがいいと言うからだ。
 
「うん。コンビニで、浜田君が買ってくれたの」
「浜田君って、最初に声を掛けてくれた斉藤さんと、もう一人の?」
 
 瀬奈がうなずくと、小百合の顔が一気に晴れた。
 クラスの男の子と一緒に帰ってきたとは、思いもしなかった。
 
「ブラウスなら、お母さんが洗ってあげるから……」
「ダメ!」
 
 手を伸ばそうとした小百合に、瀬奈の声が狭い洗面所に響いた。
 
「……ごめんなさい。もう中学生なんだし、これくらい自分でできるから」
「そう? なら、いいけど」
 
 小百合は瀬奈を残して、リビングに戻った。
 たかがケチャップをこぼしたくらいで、何をあんなに慌てていたのか不思議でならない。
 
 だが、瀬奈が男の子と一緒に帰ってきたとは、夢にも思わなかった。
 瀬奈は学校を楽しんでいる。
 
 小百合には、そう思えていた。
 
 
 翌日。
 教室に入った瀬奈に、真由子が声を掛けてきた。
 
「おはよう、沼澤さん。昨日はごめんね」
「……斉藤さん」
 
 昨日の態度とは打って変わり、真由子は微笑んでいる。
 プールでの誤解が解けたのだろうか?
 
「昨日のドラマ、見た?」
「……ううん、見てない」
 
 真由子は何事もなかったかのように、次々と話し掛けてくる
 そのせいか、真由子の友達も瀬奈の周りに集まり出した。
 
 最初は戸惑っていた瀬奈も、楽しかった日々が戻ってきたと思うと、嬉しさを隠せなかった。
 
「あ、浜田君、おはよう。この前のプリント、持ってきた?」
 
 真由子が教室に入ってきた海斗の元へ向かった。
 
「やべ。また忘れた」
「もう、ちゃんと言っておいたのに。明日持ってこないと、もう知らないからね」
 
 学級委員長で頭もよく、艶のある長い髪の真由子。
 スポーツ万能で、たくましい体付きの海斗。
 仲睦なかむつまじく話す二人は、瀬奈の目にもお似合いだった。
 
 瀬奈は、うらやましそうに二人を見つめた。
 
 
 昼になって、いつも通り瀬奈は校庭のベンチで弁当を食べていた。
 
「よっ」
「……浜田君」
 
 海斗が同じベンチに座った。
 気を遣っているのか、瀬奈から少し離れている。
 血の匂いは、まったくしない。
 
「昨日、俺……何かした?」
 
 海斗が顔を覗き込んできた。
 
「あ、違うの。急に……具合が悪くなりそうだったから」
「そっか、よかった。いや、よくないか。今は大丈夫なのか?」
 
「うん。もう大丈夫」
「そっか」
 
 安心した海斗は、背もたれに背を預けて頭の後ろで両手を組みだした。
 
「心配してくれて……ありがとう。それに昨日は、ごちそうさまでした」
「別にあれくらい、いつでも奢ってやるよ」
 
 弁当箱のフタを押さえながら、瀬奈が顔を赤らめている。
 そんな瀬奈の手に海斗が目をやった。
 
「まだ食ってる最中なのに、悪かったな。じゃ、行くわ」
 
 海斗は立ち上がって去っていった。
 
 確かに、まだ食べている途中だった。
 昨日と今日でいろいろとあったせいか、なかなか食が進まなかった。
 
 弁当の中身を知られたくなくて、フタを押さえていただけだったが、袋にしまっておけばよかった。
 そうしたら、もっと長く話せたかもしれない。
 
 手を当てた胸から、鼓動が伝わってくる。
 込み上げてきた海斗への想いに食欲が戻ってきた瀬奈は、フタを開けて肉を頬張り出した。
 
 
 その頃、教室の窓辺に真由子が立っていた。
 校庭のベンチに座っている瀬奈。
 さっきまで、そこに海斗がいた。
 二人を見つめていた真由子は、眉をひそめていた。
 
 瀬奈がマスクを外して登校してきた日、体育館で海斗は瀬奈に声を掛けた。
 同じ日の昼も、さっきと同じように校庭のベンチに座っていた瀬奈のところに、海斗がいた。
 どちらも真由子は見ていた。
 
 昨日の帰りも、コンビニの前で海斗に会った時、去っていく瀬奈の後ろ姿が見えた。
 何をしていたのかと訊くと、返ってきたのは「アイス食ってた」だけだった。
 そばに落ちていたのは、なぜか肉のついた串だったが……。
 
 そのあと、海斗から「沼澤と何かあったのか?」と訊かれた。
 プールでの出来事が頭に浮かんだが、証拠もない。
 話したところで、信じてくれないだろう。
 それどころか……。
 
 黙っていると、海斗から「学級委員長なんだから、前みたいに仲良くしてやれよ」と言われた。
 
 しかたなく「分かった」と答えた真由子は、今日になって瀬奈と仲のいいフリをしていた。
 海斗に嫌われたくなかったからだ。
 
 もしかしたら、海斗は瀬奈のことを……?
 瀬奈も……?
 
 最初に瀬奈に声を掛けてやったのは、自分だというのに。
 そこには海斗に対する打算はなかった。
 単なる親切心からやったことだ。
 
 握り締めた手が震えてくる。
 真由子にとっては、恩を仇で返されたような気分だった。
 
 
 昼休みが終わりに近付いてくると、瀬奈が教室に戻ってきた。
 
「沼澤さん、まだ教室でお昼を食べられないの?」
「……うん」
 
 真由子は、瀬奈の弁当袋に目をやった。
 
「せっかく、みんなで一緒に食べたかったのにな」
「ごめんなさい」
「ううん。無理しないでね」
「ありがとう」
 
 真由子の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
 
 
 放課後。
 瀬奈は帰りに神社の鳥居をくぐった。
 
 向かった先は、社の裏だ。
 四羽のカラスが何かに群がっている。
 
 瀬奈が近付いていくと、カラスはいっせいに羽ばたいて頭上の木の上にとまった。
 そこからジッと瀬奈を見下ろしている。
 子猫の時と同じだ。
 
 あの時の子猫の頭は、今はもうどこにもない。
 カラスがどこかへ咥えていったのだろう。
 
 瀬奈はかがみ込んで、地面に横たわっていたもの・・へ顔を近付けた。
 
 
[続く]

◆第13話は、こちらから


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