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『台湾タロコ列車事故』に合わなかった私の告白。

先日4月2日、台湾では連休が始まっており、

他の生徒のように私や友人も高雄を離れ、旅行に出かけることになった。

出かける場所は北東部に位置する宜蘭県。

朝9時55分発の高速鉄道にのって、台北までまずは出る。

東部には高速鉄道がないから、まずは台北まで行かなくてはならないのだ。

もともとは、台北駅から太魯閣號にのって東を目指すつもりだったが、

友人のお父様が自動車をかしてくださるということで、

台北から自動車に乗ってそちらへ向かおうということになった。

そんな時仲間内の1人が、携帯を見て言った。

”我們本來要搭的火車脫軌了耶“

(私たちがもともと乗ろうとしてた列車が脱線した。)


・・・鳥肌が立った。

五人が亡くなったとか。

その時点では細かなニュースは流れておらず、わかったのは脱線事故が起こったこと、人が亡くなるような規模だったということ、自分たちは助かったということだった。

その電車に乗っていたとしても、もしかしたら事故にあったその時間ではなかったかもしれない、けれど正直にいえば一つのちょっとした決定によって自分たちが助かったという実感が湧いてきた。

時間が経つにつれてニュースは更新されていき、死亡確認数は昇って行った。

亡くなった方々に祈りを捧げたいという気持ちがはっきりとあったものの、

自分が死ななかった、ということに高揚する気持ちの方が大きく、

恐ろしさを覚えた。


私は共感しやすい質で、人の悲しみや怒り喜びに感化されやすく、

ニュースを見て涙を出すことや怒りに溢れることが日常的にある。


今回は違った、ニュースの中の人々が涙を流しながら途切れ途切れの言葉で、いかに現場が痛ましいか、残された遺族がどれだけ苦しんでいるか、報道されるたびに、共感して生まれる苦しさを上回る生への実感が私の体を満たして、そんな自分に気持ち悪さを覚えた。


不謹慎極まりないと思う。

けれど、覚えてしまった感触に目を瞑ること自体が私にもっと罪悪感を与えた。

良心の呵責に苛まれる、というのに似ていると思う。


自分の人間らしい心の動きを客観的にやっと見つめられるようになったが、この事件についてずっと悶々としていた。

軽々しく、亡くなった方々に祈りを捧げることは私にはまだできないけれど、

1日でも早い様々な面での復興が行われることを祈る。

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