エスカレーター

何処かの駅
仕事帰りの男が一人、電車から降りてエスカレーターに乗り込む
立ち止まってポケットからスマホを取り出す男
ゆっくりと上がっていく

「すみません」

と、後ろから声を掛けられて振り返る男
ワンピースの女が此方を見ている

「はい」
「これって上まで行きますか？」
「はい？」
「上まで行きたいんですけど」
「行くと思いますよ」
「ありがとうございます」

男は質問の意図が掴めないまま質問に答えて向き直る
ゆっくりと上がって行くエスカレーター
再びスマホに意識を戻す

「すみません」

と、女が再び声を掛けてくる

「はい」
「ごめんなさい、これって一番上まで行きますか？」
「一番上？」
「一番上まで行きたいんですけど」
「行くと思いますよ」
「ありがとうございます」

右手のスマホを口元に戻して向こうの誰かに呼び掛ける女
男は再び体勢を戻して再びスマホに意識を戻す
ゆっくりと上がっていくエスカレーター
黄色い線の内側にお乗り下さい

「すみません、すみません」
「通ります、通ります」

直ぐまた下の方から声が聞こえてくる
ちょっと騒がしい
振り返るとヘルメットを被った男が数人駆け上がってくる

「すみません、すみません」
「通ります、通ります」

そのまま上へと見えなくなっていくヘルメットの男たち
何事かと皆その背中を眺めている
ゆっくりと上がっていくエスカレーター

と、隣の下りを冷蔵庫が一台ゆっくり下へと下りていく

「すみません」

女がまた声を掛けてくる
男は冷蔵庫が気になってそれどころじゃない
手すりを滑って遊ぶのは危険です
ゆっくりとエスカレーターは上がっていく

終わり