グリーンランドから東京大学へ 【2000字のドラマ】
2019年4月13日土曜日
莉穂は朝から心が浮きだっていた。初めての一人旅。午後1時に出発する電車に乗るために、午前8時にセットしたアラームの時間を待たずに起きて、服がいっぱいに詰まったスーツケースを開けて、もう一度荷物を確認していた。家を出るまで、あと4時間ほどあるので、昨日から見始めた韓国ドラマ 私のIDはカンナム美人 の続きを見ていたら、カンミレに感情移入しすぎてしまって、いつの間にか11時を過ぎていた。
シドニーのセントラル駅まで、母と妹が見送りに来てくれた。
有紀さんに迷惑かけないようにしてよ。バサーストに到着したら必ず連絡して。
莉穂の母も少しは心配しているようだった。
改札を抜けると、バサーストに向かう長距離列車はすでに乗車を開始していた。
席もゆったりとしていて、日本の新幹線ほどではないが乗り心地も悪くないし、揺れも少ない。2時間ほどして、ブルーマウンテンに着いた。ブルーマウンテンは特に青くないのにどうしてブルーと名付けたのだろうか？
ブルーマウンテンを抜けてリスゴーに到着する頃には、牛と羊と共存する景色に変わっていった。莉穂は去年の理科の課題のことを思い出した。牛のゲップやおならからメタンが放出されるが、メタンは地球温暖化に深刻な影響を及ぼしていて、温室効果も二酸化炭素の20倍以上と言われている。オーストラリアでは、牛の飼料に海藻を取り入れることによってメタンの放出を減少する研究結果が発表されて、すでに実践されている。
車窓からの景色をずっと眺めていたらあっという間に終点のバサーストに到着した。プラットフォームには親友の有紀と、有紀のルームメートのジョセフィンが待っていてくれた。
莉穂と有紀は小学校の同級生。莉穂は小学校5年生からシドニーに滞在しているが、有紀は莉穂の海外留学に刺激を受けて、単身でバサーストのスコッツスクールで中学1年生から寮生活をしている。莉穂は父の領事館勤務が6月で終わるので、今回有紀に進路の相談をするためにバサーストに向かった。
ジョセフィンは、デンマーク出身の留学生。莉穂も何度かズームで話したことがあり、ジョセフィンも今年の6月にデンマークに帰国する。ジョセフィンの父も外交官で、主にグリーンランドで勤務しているため、ジョセフィンはグリーンランドで育った。
3人はタクシーで寮に向かった。バサーストは大きな町ではないが、英国風の街並みの駅前を通り、街並みが途切れると、公園やスポーツグランドが広がり、学校の近くには新しい住宅地が広がっていて落ち着いて住める街だ。
ジョセフィンとは直接会うのは初めてだけど、凄く打ち解けやすく、言葉遣いと表情に知性がにじみ出ていると莉穂は感じた。
学校の寮に着いて、莉穂は二人の部屋に案内された。12畳ほどの正方形に近い部屋でドアを開けて、右側が有紀の机とベッドがあって、左側がジョセフィンのスペースになっている。ズームで何度か見たことがあったが、思ったよりも広く感じた。
シャワーは9時までになっているので、まずシャワー浴びてきて。その間にタイ料理のケータリングが来ると思うから、そうしたら莉穂の進路について話そう。
わかった。
30分ほどで莉穂が戻ってきて、タイ料理も届いた。タイ春巻、タイチャーハン、トムヤンガイ、パッタイ、エビのカシュウナッツ炒め。見た目も、匂いも、食欲をそそられた。
莉穂は将来、東京大学の理学部地球惑星環境学科で学びたいんだよね。
うん。研究施設が優れているからね。
じつは
昨日、莉穂の進路のことをジョセフィンと話し合って、ジョセフィンから予想外のアドバイスをもらったんだけど。
聞きたい？
えっ、ジョセフィンが？
莉穂、グリーンランドに高校留学してみない？私は6月で家族と一緒にデンマークに帰らなければならない。そして、すぐに父親の仕事でグリーンランドに戻ることになると思う。グリーンランドはGUXという大学進学コースがあって、デンマーク語で勉強するけど、英語でも授業を受けるのは可能だと思う。
莉穂は、想像の範囲を大きく超えたアドバイスに頭の中が正常に機能しなくなった。
続けていい？
あっ。はい。
グリーンランドを含む北極圏はオーストラリアや日本に比べて倍の速さで温暖化が進んでいて、環境問題に関しては意識が非常に高く、いろんな研究施設があるし、GUXの近くにはグリーンランド大学もあるので環境問題の勉強ができるし、また、多くの鉱物資源が埋蔵されているので、グリーンランドがどのようなアクションを起こすか地球全体が注目しているから。
このオーストラリアで異常気象で発生する山火事や砂漠化について多くのことを学んだと思う。次はグリーンランドで温暖化による氷の融解やそれによっておこる生態系維持の危機に関して学んでみたらどう？
グリーンランド史上初の日本人留学生になってみない？
莉穂の気持ちの中に、
グリーンランドから東京大学へ
というとんでもない選択が浮かんだ瞬間だった。
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