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探し物

探し物をしている。ただ何を探しているのか、思い出せない。

忘れてしまったもの。失くしてしまったもの。

私は独り、日々を過ごす。毎朝決まった時間に起き、会社に行き、眠りにつく。休日にはカフェに行ったり、買い物にも行く。時々、学生時代の友人に会っては、思い出ばなしに花を咲かせる。

こんなありふれた毎日。一人ではないけれど、どこまでも孤独。

孤独を紛らわす術はあるのだろう。しかし消すことはできないのだ。

昔、誰かに言われたことがあった。「孤独の穴を埋めることはできる。でも塞ぐことはできないんだよ。」と。

そういえば、最近本を読んでいない。昔から読書が好きだった。幼い頃、同じ本を何度も繰り返し読んだ。中学生や高校生の頃、授業中、教科書の下に隠した本を、貪るように読んでいた。大学生の時はお金がなくて、学校や市立の図書館に通った。でも、図書館の本には限りがある。新作や人気の本は、何カ月も予約でいっぱいだ。読みたい小説はしばらく読めそうにない。仕方なく、小説以外の本を読んだ。新書、哲学書、経済学の本なんかを。

でも今は、いくらでも好きに本を買える。毎月の給料は決して高いわけではないけど、贅沢をしない一人暮らしであれば、本くらいなら買える。

それなのに、本から遠ざかっていた。

本を読みたい。小説を読みたい。今すぐ、本屋に行こう!、そう思い立った。

自転車をかっ飛ばし、住んでいる街で比較的大きな本屋へと向かう。

本屋に来ると、気持ちが落ち着く。それでいて、平置きされている本たちを見ていると、心がワクワク踊る。帯を見て気になった本があれば、手に取り、裏表紙のあらすじを読んでいく。

「これはちょっと違うかな。」

なかなかピンとくる本がない。そんな風に手に取っては戻してを繰り返していると、目に留まる一冊の本があった。

『独立記念日』ー原田 マハ

恋、仕事、友情、家族・・・。人生の様々な場面で、悩み、迷い、傷ついても、明日を信じて、少しだけ前へ。

どくん、心臓の音が聞こえた。

「これだ。」

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帰宅し、早速本を開く。

綴られている24の短編を、ひとつひとつ、読み進めていく。

物語に登場する人は、他の物語の登場人物たちと、間接的に繋がっている。半径3メートル以内の関係じゃなくて、30メートルくらいの、知っているけど決して親しくはない関係。いつも行くネイルの店員さんや、公園で頻繁に会うけどどこの誰かは知らない人、職場のトイレを掃除するおばさん。それぞれの人生があって、ストーリーがある。

空っぽのコップに水が満たされる様に、心が清々しく、温かくなるのを、私は感じていた。そして、本のタイトルと同じ、『独立記念日』と名付けられた短編に辿り着いた。

主人公は、5歳の娘をもつシングルマザー。私生児の子どもを授かったせいで、仕事を、家族を、友人を失っていた。毎日を生きて、子育てをするだけで精一杯だった。好きな本を読む余裕もない。子どもを愛おしく感じる一方で、自由がほしい、そう願うようになった。そんな主人公に、ある縁でたまたま出会った女性が、父親の作品を手渡しながら、こう言ったのだ。

「この本によれば、『自由になる』っていうことは、結局『いかに独立するか』ってことなんです。ややこしい、いろんな悩みや苦しみから。」

主人公は、その言葉を受け、「自由、になるんじゃない。独立、するんだ。」と気付き、その夜、久しぶりに本を開くのだった。

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今日が私の、独立記念日。

本の最終ページには、そう書かれてあった。

心がときめくのを感じた。そして、ちょっとした勇気が、湧き上がってくるのに気が付いた。

探し物は、未だ見つかっていない。でも、この温かさが懐かしかった。

忘れていたもの。置いてきたもの。私の手に戻ってくる日は、近いだろう。万が一近くなくたって、探しにいける。そして、もう二度と、失くしたりしない。

それまで、明日を信じて、少しずつ前へ。

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