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パイナップルを殴ってもびくともしないみたい。

 イライラのあまりわたしは目の前のパイナップルを全力で殴った。
 ピンポーン。ああうるさい。ピンポーン。
 ああもう。早歩きでインターホンの前まで行く。扉からドンッ!ドン!と音がする。インターホンの前にある台に乗せてあった有線イヤホンをスマホに差し込む。スマホに差し込んだ方と逆側を両耳に差し込む。スマホの右側にある突起を押す。ポチポチポチポチポチ。もう音量が変わらくなったなと思い、指を動かすのをやめる。イヤホンから聞こえてくる音以外何も聞こえなくなって、「なんて心地がいいのかしら」と声にしてみると、発声に失敗したみたいでなにも聞こえてこない。

 パイナップルのもとにもどる。あれ、パイナップルってどうやって切るんだろう。包丁通るのかな。パイナップルをゴロンと横向きにして、真ん中あたりに包丁をあてる。いいかんじに刃が安定したなと感じたところでぐっと下向きに力をいれた。パイナップルも「負けないぞ」と踏ん張っているようだけれど、最後には私が勝利をおさめた。
 勝者の特権としてパイナップルを食べることがゆるされるのだ。半分に割れたパイナップを食べるために顔をパイナップルに近づけ、かじりつく。
「これじゃあパイナップルってたべるときに絶対鼻つくじゃないの」
 虚しい勝利だった。はぁ。せっかく勝ったのに。
 せっかくの勝利だけど、残りは捨ててしまおう。だって鼻が汚れてしまう。ゴミ箱に半分に割れたパイナップルを投げ込むと、ドスンと鈍い音がなってビニール袋は形を変えた。

 さあて、そろそろ行くか。
 今日もまた面白い人を探しに行く。夕方くらいに家でて、ふらっと公園とか駅で人を見る。しゃべってる内容だとか、変な行動をしている人がいなか探す。人間観察。わたしの唯一の趣味だ。
 あぁ、そういえば今日誰かが家のチャイムを鳴らしていた。あれは誰だったんだろう?皆目検討もつかない。
 あっ。知り合いがいた。おーいと声をかける。本当は人を観察するだけのつもりだったけれど、知り合いとなれば話は別だ。
「え」
 彼はそう答えた。え、なんで。私よ私。木村よ。そう言うと、彼は「木村。木村。うーん」と考える。
「わからないならもういい!」
 彼のことをパイナップルと同じように殴ってやろうかと思ったけれど、人はパイナップルよりも柔らかいからやめておいた。人のこと忘れちゃうなんて失礼しちゃう。
 早歩きで面白そうな人を探す。野球部の高校生が横を通る。歩幅を狭くして歩く。何の話をしているのかなと耳を澄ませてみると、今日の練習はきつかっただとか、明後日の練習試合は絶対勝ちたいだとかしゃべっているだけだった。つまらないなあ。そうおもってまた次を探すために早歩きする。十字路を曲がってみると、すぐ目の前に神田さんがいた。久しぶりーと声をかける。彼女は一瞬不思議そうな顔をしたあと、思い出したようでわたしに「ひさしぶり」と返した。わたしは話を続けようとすると、彼女はすぐさま「じゃあまたね」と言い、早足でわたしを通り過ぎて行った。せっかく久しぶりに会ったんだから、お茶くらいしたかったなあ。
 
 不思議なことに今日はよく知り合いと会う。そうおもっているとまたいた。ねー、君はひまだったりしない?そう声をかけると、彼はわたしを無視してすたすたと歩いて行ってしまった。知り合いが多くておしゃべりしたい気持ちになっていたのに残念。それにしたって無視しなくてもいいのに。
 趣旨は変わってしまったけれど、今日はいろんな人とあえて楽しかったなあ。帰り道を歩きながら今日再開した人たちのことを思い返す。まずはスーパーの店員の西君。西君はたまにつかう隣の駅のスーパーの店員さんで、休憩時間はよくスーパーの裏側にあるスタッフ専用の喫煙スペースで煙草を吸っている。いまどきの若い人はほとんどが電子タバコを吸っていると思うんだけど、彼は紙煙草を吸っているの。ピースが好きみたいで、スーパーライトを吸っていることが多いんだけど、たまーに違うのも吸う。重いのを吸うときは上司に怒られた時なのかなとか想像したりしてみたり。わたしは彼のレジにはあまりいかないけれど、ほかのレジが混んでいると仕方なく使ったりもする。
 次は、そう。神田さん。神田さんは高校の世界史の先生だった。神田さんは教え方が下手で、男子なんかはほとんど授業中に寝ていたなあ。気が弱い人なのか、寝ていても全く注意したりしないからみんな堂々と寝ていた。わたしは地理を選択していたから授業を受けたことはないのだけど、ドア越しに聞いていても神田さんの授業は退屈で寝そうになったっけ。
 さっき会ったばかりの西君は小学校の頃の同級生。いつも楽しそうに遊んでいる男の子で、授業中も落ち着きがなかった。そんな彼も体育とか休み時間になると大活躍。運動神経がいい西君は学校中でモテモテだった。成人式の二次会では、いろんな女の子が「昔好きだったなー」と西君に伝えていた。わたしも成人式いけばよかったなあ。

 ああ、いい思い出だけじゃないわ。昔のことを思い出すと、お金を借りていることを思い出す。お金ないから借りているのに返せるわけないじゃない。もう。大家さんにもそういえば今月分の家賃払ってなかったわね。先月までどうやって払っていたんだっけ。お金ないのに。

 家まであと5分というところで足に水がポツンと当たる。冷たい。あれ、雨でも降り始めたのかな。足元を見ると肌色の上に赤色が一点浮かんでいた。上を見ても赤い雨は降っていない。下を向いたときに下がってきた前髪を右手で掬い上げると、おでこにべとっと液体が付く。眉毛のあたりでそれは雫となって地面に落ちる。地面ではねたそれをみて、ああこれは血か。と気がつく。あら、いつから血がでていたのかしら。
 


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