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夜空な君と、プラネタリウムな僕。

 明日になると彼らが付き合い始めてからちょうど3年たつ。3年もたつと記念日なんていちいちしないという人たちも多いけれど、彼らはそうではなかった。これまで記念日や誕生日を祝ったことがなかった。彼女には夜空が好きというロマンチストなところがあるけれど、記念日には興味がない。
「たまたま人間が一年間という区切りをつくったからちょうど1年たったとか、誕生日だとか言っちゃうだけでそこにはなんの美しさもないもの」
 友人にも彼にもこの一点張りだった。
 彼はきっちり記念日は覚えているし、誕生日も覚えている。祝うかどうかは置いておいても、彼にとってはむしろ記念日や誕生日の方が美しかった。人がつくったからいいのに。なんて彼はいつも心のなかで思う。
 
 ずっと考えていた。彼女と記念日らしいことをするにはどうしたらいいのだろうか。夜景を見にいくのはどうだろうと頭によぎる。僕にはそれが記念日にふさわしいと感じた。彼女も夜空を見ることができる。自分のアイデアがふたりにとって最善としか思えなくて興奮した。当日のプランをすべて決めることにした。まず朝は10時くらいに起きる。せっかくの休日なのだからすこしくらいゆっくりできた方がいいだろう。朝起きてまずトーストにいちごジャムをつけて食べる。牛乳も一緒に飲んで、それで食後にはコーヒーも入れる。せっかくだから親戚からもらった少しよさそうなコーヒーにしよう。12時半になったら二つ先の駅までいって、その駅から二番目に近いスタバで昼食のサンドウィッチとなにかフラペチーノでも頼もう。駅に隣接しているスタバもあるけれど、やはり駅前のお店は混んでいてなかなかゆっくりできない。スタバから徒歩で40秒くらいのとこのにバス停がある。15時11分にバスに乗る。バスで1時間20分ほどで山につく。山頂ではないけれど景色がよく見えるところがある。そこがここら辺では一番夜景がきれいと言われているらしい。100万ドルの夜景というのは恐れ多かったのか、100万円の夜景と宣伝されているようだ。観光名所らしく、そこには木造のカフェみたいなものがあるらしく、景色を楽しみながらお茶を飲んだりちょっとしたご飯を食べることができるみたいだ。

 朝起きてパンを食べる。今日は青汁といちごジャムを塗ったトーストにした。いつもは牛乳なのだけれど、たまに青汁を飲むと健康的な生活をしている気持ちになれる。もう12時だから、朝食というよりも昼食としてたべる。朝のゆったりとした時間が好き。気まぐれな猫みたいになれる。そんな生活が私を色づける。
 彼がさっきからうるさかったけれど、とうとう私の着替えをもってきたり、歯ブラシを持ってきたりするようになった。そんなに急いだほうがいいのか。めんどくさいなと思いながらもきっと彼はなにか考えてくれるのだからと自分を納得させる理由を頭の中で列挙する。結局めんどくさいという感情が勝って急ぐことはしなかった。彼が予定していたバスには乗れなかったみたいで、30分くらい待って次のバスに乗った。彼はバスに乗ってからも10分くらい機嫌が悪そうだったけれど、ごめんねと一回謝ったあとはバスの外の景色を眺めることに集中した。流れていく景色は空間的なものにちがいないのに、どうしても私にはその景色が時間の流れのように感じた。
「バスに乗っていると歩いている時よりも時間の流れがはやいみたいだよ」
というと、彼は不機嫌さをすこしだけのこしながらも「なにいってるの」と笑った。

 彼女は山にきていることに驚いていた。彼女は彼のことをもっと文明的なものに惹かれる人だと思っていたものだから、山に連れてこられるとは思っていなかった。彼女はあえて声にはしない。驚いてはいても、いまさら「これからどこにいくの」だとか「なにするの」だとか聞くのは野暮だと思っていた。
 バスが止まり、二人は山に足をつく。
「お店にはいろうか」
と目の前にある店を指さしながら彼が言う。
「とりあえず、ここらへん少し歩いてみない?」
彼はすこしだけ考えると「うん」と返事をして歩き出した。
「ここすごいよ!」
 彼女の声のトーンが上がる。周りには誰もいない。隠れ名スポットだと彼女は確信した。
「座るのにちょうどいい岩もあるしいいかもね」
 彼の中には、計画していたことのほとんど全てがうまくいっていないのだからもうどうにでもなれという気持ちが少しあった。けれど、それ以上に本当にいい場所だなと心の底から感じていた。
「じゃあさ、カフェでワインだけ買ってくるからここでまっててよ。あそこのカフェってお酒も取り扱ってるんだよね」
 彼は少し早い足取りで店に向かった。

「もちだしのワインは紙コップだってさ」
 彼は申し訳なさそうに言う。
「はは。最高じゃん」
私は心の底から笑った。

 僕は、その笑顔をみるためだけでもここまできてよかったなと思った。
「あ、星が見えてきたね」
「うん」
「僕はさ、星を見るよりもプラネタリウムのほうが好きなんだ。プラネタリウムとか、イルミネーションとか。人がどう見せたいかってのがあって作られて物のほうがやっぱり綺麗じゃんか。でも、今日なんとなく君が星を好む理由が分かった気がするよ」
「そう?」
「そうだよ。今日すごく楽しかったからさ。今日楽しかったっていうことが星は美しいってことだろ?」
「うーーん。なにいってるの?」
 二人で笑う。
「ほら、街中の明かりがついてきたよ」
 彼女は黙り込む。
「それぞれの家とかビルとかは、ここから見える景色のことなんて意識して電気をつけているわけでもないのに、ここからみるとこんなに綺麗に見えるんだね。人が作っている景色だけど、誰かが設計しているわけじゃない。その乱雑さはまるで星みたいだよね」
「ふふ、あなたがそんなこというなんてね」



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