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デンマークとスウェーデンの地方創生:第一章・概要と序論

文責:宮下祐真
2023年6月14日


概要

 デンマークとスウェーデンの地方創生は、市民が地域のあるべき姿を議論し、国家の支援を受けながら地域資源を生かした草の根の地域活性化を行っている点に特徴がある。両国の事例から日本の地方創生を考える際にも、多いに参考にすることができると考える。
 そこで当レポートでは、スウェーデンとデンマークの地域政策と4地域に焦点を当てながら、両国における地方創生のあり方について調査を行った。まずはスウェーデンとデンマークの戦後からの地域政策の歴史について取り上げる。戦後以降の産業立地政策や国土計画、行政組織改革などの流れを追うことで、マクロな視点から4事例を位置付け、個々の事例の効果を分析する。
 4事例の内、スウェーデンからは2事例を取り上げる。一つ目はマルメ市である。マルメは造船業の衰退によって地域の基幹産業を失い、著しい失業者の増加と人口の減少を経験したが、旧港湾地域の再開発を行い、交通インフラの整備によってライフサイエンス産業の発展を促し、人口増加に転じた。二つ目はイェムトランド県である。イェムトランドは過疎化の問題を抱えながら、イェムトランドモデルと呼ばれる協同組合による地域課題の解決を行う運動が栄え、地域社会の立て直しが図られている。
 残りの2事例はデンマークから取り上げる。一つ目はロラン島である。ロラン島は造船業の衰退によって失業率が20%まで増加したが、市民や地域の政治家を中心に先進的に環境エネルギー産業を誘致・育成したことで地域経済の立て直しに成功した。二つ目はボーンホルム島である。ボーンホルムは人口流出や高失業率という問題を抱えながら、再生可能エネルギーの開発や持続可能な観光・食の追求、移住促進によって人口の社会増加を遂げている。
 最後にデンマークとスウェーデンにおける地方創生の特徴として、国家の役割、草の根の運動、フォワードキャスティングとバックキャスティングによるビジョンの構築、田園回帰を取り上げている。

 尚、本レポートは8章から成るが、noteでは章ごとに8つに分けて公開している。目次は以下の通りである。

「デンマークとスウェーデンの地方創生」の目次
参考文献は各章の最後に記載している

この記事では第一章の序論を閲覧いただける。
第二章以降は以下のリンクからアクセスしていただける。
第二章・スウェーデンの地域政策:https://note.com/japanordic/n/n4252f89ef077
第三章・マルメ:https://note.com/japanordic/n/n26e33b74518c
第四章・イェムトランド:https://note.com/japanordic/n/n44a1af3ee347
第五章・デンマークの地域政策:https://note.com/japanordic/n/na6b100a4a0aa
第六章・ロラン島:https://note.com/japanordic/n/n06f49becdd3b
第七章・ボーンホルム島:https://note.com/japanordic/n/n9bc056ddf635
第八章・考察:https://note.com/japanordic/n/nf73754eacc52

1-1. 本レポートの執筆動機

 本レポートでは、デンマークとスウェーデンにおける地方創生を取り上げる。地方創生とは、日本では東京一極集中を是正し、地方におけるまちづくりや雇用の創出を通し、地方への人の流れを生むことを目的として構想された考えである(内閣府、2014)。
 福祉国家として知られるデンマークやスウェーデンを始めとした北欧諸国でも、地方の人口減少や都市と地方の所得や雇用の格差など、日本の地域格差と似たような問題を抱えている。そのような問題に対して、北欧の各地域では様々な取り組みがなされている。北欧の事例は、政府による地域政策や成熟した地域民主主義、協同組合の運動、先進的な環境エネルギー分野の取り組み、女性の活躍、地域資源や文化の活用など、北欧社会の特色が大きく反映された興味深い事例になっている。このような北欧の地方創生の事例は、日本の地方創生を別の視点から眺め、新たなインスピレーションを得たり、日本での取り組みをブラッシュアップしたりするきっかけになると考える。
 一方で、北欧の地方創生を複数の事例を用いて体系的に論じた日本語の文献は少なく、その実態は他の欧米諸国の事例と比較するとあまり知られていない。そこで本レポートでは、デンマークとスウェーデンの2カ国における地方創生の実態について迫りたい。

1-2. 本レポートの構成と地域の選定理由

 ここでレポートの構成について触れながら、本レポートで扱う事例を選定した理由について述べていきたい。

レポートの章立て

 まず、2章と5章で地域政策について論じている。地域政策では、主に第二次世界大戦後の両国の国土政策を軸にしつつ、地方における産業政策や行政改革などを取り上げ、各国政府が戦後どのように都市と地方の格差を縮小しようとしてきたのかについて論じる。各事例の取り組みは地方自治体単位の取り組みを述べているが、そこでの活動は政府によるマクロな政策と密接な関係を有している。そのため、まずはマクロな政策という視点で各国の都市と地方の格差縮小について見ることで、より多面的な視点で各事例を分析することを目指している。
 次に本レポートで取り上げる4つの事例について説明していく。全体としては事例を選ぶ際に、地方中枢都市、中山間地域、地方都市、離島と、国の中で様々な立ち位置にある地域を扱うことで多様性を持たせるように心がけた。またすべての地域が1950年代以降に人口減少や失業率の悪化などの地域問題を抱え、その問題を様々な工夫を凝らしながら改善しようと努力を続けてきた。どの事例も問題の完全な解決には至っていないが、それぞれが独自の特色を有した活動を行っていることから、多くの教訓を得ることができると考える。
 一つ目に扱う事例は、スウェーデンのマルメ市(3章)である。マルメは人口約35万人のスウェーデン第三の都市であり、国の中では地方中枢都市という位置付けになる。マルメは1970年代以降に造船業の衰退・撤退によって高い失業率が続き、人口の1割以上が市外に流出する事態に陥った。そこで2000年代以降、使われなくなった港湾を再開発し、インフラ整備によってコペンハーゲンとの経済的な結びつきを強めたことで、ライフサイエンス産業の育成に成功し、雇用の改善と人口の回復・増加を果たした。中枢都市の基幹産業が失われ、衰退した社会を再開発と産業転換によって再生させた事例として、マルメを取り上げた。
 二つ目に扱う事例は、イェムトランド県(4章)である。イェムトランド県は「人口希薄地域」と呼ばれる都市から離れた中山間地域が多くを占める地域である。イェムトランドは1950年代以降、ストックホルムを中心とした南部の地域に人口が流出し、社会サービスの維持が難しくなった。そこで地域の市民が結成した協同組合を中心に、地域課題の解決を目指す取り組みが活発となり、「イェムトランドモデル」として国内外から注目を集める事例が創出された。この事例は、日本の過疎地域と重なる状況を、市民中心の活動によって乗り越えようとした取り組みとして参考になると考え、取り上げた。
 三つ目に扱う事例は、ロラン島(6章)である。ロラン島はデンマークの首都コペンハーゲンから約140km離れた人口6万人弱の島であり、1980年代以降の造船業の撤退によって失業率が20%近くまで悪化し、人口流出が続いた。そこで先進的に環境エネルギー関連の企業を誘致し、市民が中心となって風力発電の設置を進めたことで、地域経済が活性化され、今ではエネルギーの島として世界中から注目を集めることになった。気候変動問題の解決の重要性が高まる中で、環境エネルギー産業を通じて地方創生を行ったことや市民自身も積極的に風力発電を利用した点が興味深いと考え、取り上げた。
 四つ目に扱う事例は、ボーンホルム島(7章)である。ボーンホルム島は人口4万人弱のデンマーク本土から180km離れた離島であり、仕事や教育の機会を求めたり、10%以上の高い失業率が続いたりしたことで人口の流出が続いた。そこでエネルギーの島として再生可能エネルギーの導入を促進したり、地域の豊かな自然や文化を活かした芸術家や起業家の移住を進めたりしたことで、移住者の人口が人口の流出を上回るようになり、ボーンホルムの社会に良い影響がもたらされている。離島という不利な地理的条件下で、離島の良さを活かした方法で地域の活性化を果たした事例として日本の離島にも参考になると考え、取り上げた。
 以上の事例を紹介した際の着眼点は三つある。まずは各地域が衰退を経験した経緯を社会的な背景を含めながら論じている。次に地域が直面した社会課題に対して、その地域がどのように問題の解決を目指したのかについて述べている。最後に、その解決方法がもたらした効果やその裏側にある問題点や依然として残る課題について分析している。以上の三つの着眼点を取り入れることで、可能な限り客観的に事例を分析しようと努めている。
 最後に8章では、両国の地域政策と4事例から北欧の地方創生の特徴について考察している。特徴としては国家の役割、草の根の運動、フォワードキャスティングとバックキャスティングによるビジョンの構築、田園回帰を取り上げている。筆者としては、読者と北欧の地方創生の事例について共有し、日本の地方創生についてより多角的な点から考え、より良い地方創生の姿を構想し、実践していくために役に立つことを期待する。
 尚、本レポートの最後には、デンマークのヘアニング市の事例をコラムとして取り上げている。4事例と並列に議論しなかった理由については、人口の減少や失業の増加といった大きな社会問題に直面していない都市だったためである。しかし、北欧の特色を反映した、同様の興味深い事例であったため、コラムとして紹介している。

1章の参考文献

内閣官房、2014、「地方創生に関する取り組み」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/tihousousei/index.html(最終閲覧日:2023年5月10日)

次章および他章は以下のリンクからアクセスしていただける。

次章:第二章・スウェーデンの地域政策:

その他の章:
第三章・マルメ:https://note.com/japanordic/n/n26e33b74518c
第四章・イェムトランド:https://note.com/japanordic/n/n44a1af3ee347
第五章・デンマークの地域政策:https://note.com/japanordic/n/na6b100a4a0aa
第六章・ロラン島:https://note.com/japanordic/n/n06f49becdd3b
第七章・ボーンホルム島:https://note.com/japanordic/n/n9bc056ddf635
第八章・考察:https://note.com/japanordic/n/nf73754eacc52

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