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障がいを持つ子の「母の幸せ」は、どこにある?

 ジャパンハートは「医療の届かないところに医療を届ける」というミッションを掲げ、25年以上にわたり、ミャンマーやカンボジアなどのアジア、日本国内で医療活動を続けています。

 そのジャパンハートの月額寄付プログラムであるマンスリーサポーターである鈴木杏奈(仮名)さんは、重度の障がいを持つ娘を育てている2児の母親です。今回は、障がいを持つ親としての気持ちから、ジャパンハートを支援している理由、寄付に対する考え方まで詳しくお話を聞きました。

執筆:峯あきら

重度障がい児の娘を持つ鈴木さんの願い

ーーまず、鈴木さんご自身について教えてください。

 私は高校生の息子と娘の母親であり、薬剤師です。娘が重度障がい児であり、その子育ては肉体的に精神的にも大変で、これまでの子育て人生、自分の力の9割は子供にささげてきたと思います。

 私たち家族は、これまで多くの人に支えられてきました。障害児の親にとってはいずれ親が年をとり我が子と一緒に生活できなくなる時のことが一番大きな心配事です。娘が親の庇護なき生活を送ることになったときのために、今何ができるのか問い続けてきました。今は「周りの人と一緒に幸せになれる力」を身に付けさせてあげることが、最重要課題だと思っています。

ーー なぜ、そう思うようになったのですか?

  娘が2歳の頃、ある病気がきっかけで長期入院しました。娘の笑顔が消え、あまりにも不自由な人生を送るであろうことを覚悟したその時、「笑顔だけはどうしても戻ってきてほしい」と毎晩、夜空の月にお願いしていました。

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 そして、奇跡的に笑顔が戻ったとき、「なんて”笑顔”はかけがえのないものなんだろう。私は絶対に娘の”笑顔”を守ろう。そして、娘だけでなく、娘が周りの人を”笑顔”にできる人でいてほしい」と思うようになりました。

ーー娘さんが人を幸せにする力を身につけるためにしていることはありますか。

 日常生活の中で、挨拶と感謝の気持ちを私自身が大切にしてきました。そして、一緒に言葉にする練習もしてきました。自分が愛し愛される人間だと知ってもらうために、人と比較するのではなく、ありのままの娘にまっすぐに愛情を注ぎ続けてきました。高校生になった今、娘は人見知りせず、関西人特有のボケとツッコミ(笑)と思いやりで、周りの支援者の方々からは「娘といると楽しい」と言っていただけるようになりました。

「たとえ死んでも、心救われる医療」に共感した理由

ーージャパンハートとの出会いについて教えてください。

 以前、娘の容態が悪化したときにお世話になった小児科の先生に、私たち家族の本当の幸せを見つめ寄り添っていただく経験をしました。その先生は、とてもお忙しい方だったのですが、急遽決まった娘の転院に、外来診療があったにもかかわらず、転院先の病院まで一緒に来てくださり、転院先に着いた後も娘を大切に抱っこし、そっとベッドにおろし、娘と私に「がんばって」と声をかけてくださいました。その後も困難な未来を覚悟していた私の心に、寄り添い励まし続けてくださいました。

 その先生との関わりを通じて、医療は技術としてベストを尽くすことも大切ですが、それ以上に患者さんやそのご家族の心がどう救われるかが、医療の本質であると思うに至りました。

そんな中、ジャパンハートの「たとえ死んでも、心救われる医療」という言葉を知り、当時の私の心に深く刺さり、理念に共感しました。それが10年ぐらい前のことだったと記憶しています。

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ーージャパンハートを支援しようと思った理由は何ですか。

 2020年に開催された、ジャパンハートの設立者で医師である吉岡秀人先生と、メルカリ代表取締役CEOの山田進太郎さんとのオンライン対談イベントに参加しました。そのときに、私の悩みを質問したところ、吉岡先生と山田さんからご回答いただき、とても感動したんです。

 私からの「障がいを持つ子の母の幸せは、どこにあるの?」という質問に対して、吉岡先生から「あなたは、何万人もの命を救うことと同じくらい尊く、かけがえのないことをしている」という言葉をかけていただきました。

 当時、自分のキャリアが積めないことへの苛立ちや、焦りを感じていたのですが、今までの人生に納得できたような穏やかな気持ちになることができました。そして、自分も人の心に寄り添う、医療の本質に関わる仕事ができているのだと気付き、自信が持てました。

 その後、イベントの主催者に対談のアーカイブが欲しいとお願いしたとき、快諾してもらい、ジャパンハートのマンスリーサポーターが参加できる「ジャパンハート部」の存在を知りました。「ジャパンハート部なんだか楽しそう!入部しよう!」と思いました。

 あとは、家族で米国に3年ほど滞在していたことがあり、そこで、米国の寄附文化に触れたことも大きいと思います。

ーー米国で寄付文化に触れたエピソードがあるのですか。

 米国での障がい児教育を通じて、娘は言葉で意思疎通ができませんでしたが、絵を選ぶことで自分の気持ちを知らせることができるようになりました。「嬉しい」「さみしい」「これがほしい」「ここに行きたい」など、iPadで会話が可能です。少しでも意思表示ができることは生活の上で本当に大きく、米国での教育に感謝しています。

 そして、日本に帰国する際、学校の先生がFacebookでクラウドファンディングで集めた寄付金で会話用のiPadをプレゼントしてくださいました。このとき娘の幸せを願ってくださった先生方の”愛”を決して忘れず、日本に帰ってからも娘に先生方の”愛”を伝え続けていこうと強く思いました。iPad以上の大きな力をもらいました。寄付というのはお金や物を通じて誰かから誰かへの”想い”を届ける手段だと思います。

カンボジアやミャンマーで自分も一緒に働いている気持ち

ーージャパンハートを支援したことで、生活に変化はありましたか。

 支援することで、カンボジアやミャンマーなどで働いているスタッフと想いを共にできているという感覚になり、私も現地の子どもたちの笑顔をつくる一端を担えているような幸せな気持ちが得られました。自分、家族、職場、患者、ジャパンハートが関わる人たちなどの幸せの連鎖を実感しています。
 医療職でなくてもジャパンハートの活動に参加できるということなので、息子にも将来、参加してほしいなと思っています。

ーーこれから先の「社会の未来」に期待していることはありますか?

 幸せがつながっていくような社会になるといいなと思います。自分を大切にできることは一番大切ですが、その次には”目の前にいる人”を幸せにすること、そしてそういう優しさをバトンのようにつないでいくことができれば、きっと多くの人が幸せに生きられるのではないでしょうか。これからの社会をつくっていく、特に若い世代の人たちにそういう穏やかで温かい心を持った人が増えるといいなと思っています。ジャパンハートにはそういう方たちがたくさんいらっしゃいます。多くの人にジャパンハートからいい刺激を受けてほしいです。

 ジャパンハートは、海外支援だけでなく、新型コロナウイルスの感染拡大でのクラスター支援など、直接的に日本の社会の役に立つ活動もたくさんしています。そんな活動の一部に関わらせていただけているのはとてもありがたいことだと思っています。

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***ジャパンハート マンスリーサポーター募集中***

世界にはまだまだ貧困に喘ぐ子どもたちがたくさんいます。現在私たちがアクセスできているのは、医療を届けたい患者数の5%にも及びません。今も同じ時間にこの地球で、病気や飢餓に苦しんでいる子どもがいるのです。

私たちの活動に共感し支援してくださる、さらなる仲間(マンスリーサポーター)を募集します。1日100円からの支援で、医療の届かないところへ医療を届ける、仲間になりませんか?

詳細は、ジャパンハートのホームページからご覧ください。


ジャパンハートについて、こちらの動画をご覧ください。


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