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【創業184年】酒蔵のいい仕事

「いい仕事を、しつづける。」
日本ベネックスが掲げるパーパスです。

このパーパスを掲げてから「いい仕事」について深く考える瞬間がたびたびあります。

「いい仕事って何だろう?」

世の中にあるいろいろな会社や人の「いい仕事」を訪ね、話を聞いてみたら、きっと何かが見えてきそうだ。

というわけで、ベネックスnote新連載「〇〇のいい仕事」をスタート!

第1回目は、長崎で天保10年(1839年)から地域に根ざした酒造りを営む「株式会社杵の川(きのかわ)」の、瀬頭(せとう)代表に話を聞きました。

取材/編集:木下・松下(社長室)

1.継ぐ気がなかった酒造り

㈱杵の川さんの会社兼直営店の一角


――:
創業はいつですか?

瀬頭:
創業は江戸時代後期、天保10年(1839年)です。今年で184歳になりました。

坂本龍馬が3歳くらいのときに創業しています(笑)。

――:
天保って社会の教科書で聞いて以来、聞いてません‥。

「㈱杵の川」の瀬頭代表


瀬頭:

長崎県東彼杵町(ひがしそのぎちょう)で、丁子屋(ちょうしや)醸造という酒蔵を創業し、昭和55年(1980年)に黎明酒造、雲仙酒造、佐賀県の呉竹酒造4つの蔵が合併して、今の会社となりました。

――:
瀬頭さんはいつ酒蔵のお仕事に就いたんですか?

瀬頭:
30歳のときに入社しました。23年前です。

――:
もともとご家族が酒蔵を?

瀬頭:
そうですね、わたしは合併した黎明酒造の血筋です。

松下:
いずれは家業を継ぐと決めていたんですか?

瀬頭:
そんなに考えていませんでした。

幼いころから朝3時に出勤していく大人たちを見ていて「こんな仕事は嫌だな」と思ってました。

――:
そうなんですか。

瀬頭:
わたしが25、6歳の頃、うちの先代に「継ぐ気がないなら、はっきり言ってくれ」と、いきなり言われました。

実はその頃、心のどこかで「お酒造りしてみたいな」という気持ちがあったんですよね。それで「継ぐ」と言いました。

とはいえ大学も農学部ではなく法学部に行きましたから、全くお酒造りを知らないわけです(笑)。

――:
本当に継ぐ想定は、していなかったんですね(笑)。

瀬頭:
はい(笑)。

東広島市に全国の蔵元の後継者が集まるお酒の研究所があって「入所して学んでこい」と先代に言われ、行くことにしました。

行く前は、「高齢者ばかりの世界だろうな」と思っていたのですが、入所してみると、わたしより若い20代前半で、しかも「酒蔵を継ぐんだ」という
情熱と熱意に溢れた人ばかりでした。

もう自分が恥ずかしかったですね。

瀬頭代表と松下(社長室)


松下:

酒造りを学び始めてどうでしたか?

瀬頭:
おもしろく、すっかりハマりました。酒って自然環境や原料の質など、いろいろな要素が味の善し悪しを左右するので、毎年同じ条件で造ることがないんです。

そこが難しい反面、おもしろい。

――:
どれくらいの期間、学んだのですか?

瀬頭:
2年間学びました。ふつう2ヶ月くらいで、みんな帰るんですけどね(笑)。わたしは農学専攻じゃなかったので、ゼロから知識を習得しないといけませんでした。

――:
研究所で学んだあとは何を?

瀬頭:
親族の酒蔵が福岡県にあり、そこで2年間修行をしました。

研究所で学んだ2年で酒造りの知識を、福岡の酒蔵で修行をした2年で、酒造りの本当の厳しさを学びました。



2.おいしいお酒をつくり続けると決めた日

瀬頭:
修行中にたまたま地元に帰って外でお酒を飲んでいるとき、いきなり隣の席の人に、

「おたくの酒は美味しくないけど、付き合いで飲みよるとよ」「どんどんお酒の質が下がっとる」

と言われました。

――:
いきなりですか‥。

瀬頭:
「何でこんなひどいこと言うんだろう?」と最初は意味がわかりませんでした。

後々聞いたんですが、どうやらそのころ会社も酒造りも全然うまくいってなかったようで。4つの酒蔵が合併し、大量生産をしたい酒蔵、質の高いお酒を少量売りたい酒蔵、意見が食い違っていてまとまりがありませんでした。

外から見ていて「これはまずいな」と思いました。

――:
そこから瀬頭さんが入社してまず何を?

瀬頭:
会社で何が起きているのかを調べました。合併しスケールメリットが出たことをいいことに「目の前の売上を増やす」ことが最優先となっていました。

「お米の質を落として大量に生産」していて、売上は大きいけどファンがどんどん離れていることに、誰も気づいていませんでした。いまでこそ「純米大吟醸酒」「純米吟醸酒」というハイスペックなお酒を造っていますが、当時は全くでした。

松下:
そこから質の高いお酒を造る方に転換したんですか?

瀬頭:
そうですね。でもハイスペックなお酒を造ったはいいけど‥売り先がないわけです。今まで安いお酒しか造っていなかったので、取り扱ってくれるところがない。これは辛かったですね‥。

とにかく、いいお酒を地道に造り続けて、周りの信頼と評価をもう一度上げることに必死でした。

信頼と評価は一晩で落ちるけど、戻すのには何年もかかると思い知りました。

――:
足元の売上をあきらめて、ハイスペックなお酒造りに舵を切る。これに迷いはありませんでしたか?

瀬頭:
うーん‥‥。なかったですね。

当時は若かったので、「美味しくないけど、付き合いで飲みよる」と言われたことへの反骨心だけでやっていましたから。

もちろん付き合いとはいえ、飲んでいただけることはありがたいですが、「あそこのお酒が美味しいから飲みよる」と言ってもらえるようにしたいというか‥。それだけでしたね。

杵の川さんの事務所&直営店


――:

質の高いお酒を造りはじめて、社内に変化はありましたか?

瀬頭:
職人たちも、安いお酒を大量につくることを「おかしか(変だな)」「上層部は、なんば考えとるとやろか?」と思いながら造っていたようです。

これまでは職人さんも黙々とお酒を造っていたのが、みんなで対話をしながら造るようになりました。

――:
やりがいを感じて、当事者意識が出たんですね。一方、社外評価はどうでしたか?

瀬頭:
賞を獲れるようになりましたね。最近でも福岡国税局が主催のコンテストで2度グランプリを獲りました。現役で2度グランプリを獲ったのは、うちを含めて2社しかないようです。

松下:
お客さんの評価も変わってきましたか?

瀬頭:
周りの方々に「最近おいしくなったね」「久しぶりに飲んだけど、味の良くなっとるね」と言っていただけるようになりました。

――:
わたしも先日、購入し飲ませていただきましたが、本当に美味しかったです。

瀬頭:
ありがとうございます。

松下:
日本酒を飲むときは、やっぱり刺身とか牡蠣を合わせたくなります。柿ピーを食べるわけにはいきませんよね(笑)。

瀬頭:
それが…柿ピーも意外と合うんですよ(笑)。

こんなふうに「日本酒を通じて食がたのしくなること」がわたしたちのポリシーでもあります。



3.酒造り1年生

――:
杵の川さんが造る日本酒のこだわりを教えてください。

瀬頭:
原料米は地元の農家さんに栽培してもらい、水も地元「多良山系(たらさんけい)」の地下水100%で仕込んでいます。目の行き届く範囲で、質の高い原料が調達できるのはすごく大きいです。

そして「仕込み」を行う上で、重要なのがタンク内の温度管理。九州は東北と違って温暖な気候なので、仕込みのときに冷やす作業が必要で、ここにわたしたちならではの工夫があります。

「タンクを冷やす作業が必要ならば、タンクを冷蔵庫に入れちゃえ」という発想で、先代が冷蔵のタンクを発明しました。

仕込みとは:
日本酒を造る工程のひとつ。酒母(蒸米・麹・酵母・水・乳酸の液体)と原料(蒸米・麹米・仕込み水)をタンクに入れて発酵を進め、どろどろの状態にした醪(もろみ)を造る工程を「仕込み」と呼びます。なかでも、原料の投入を3回に分けて行う「三段仕込み」が、現在、最も普及している方法です。

https://jp.sake-times.com/think/study/sake_g_types-of-shikomi

――:
冷蔵のタンク‥?

瀬頭:
タンクの回りを全部コンクリートの壁で覆って、その中を空冷し、タンクを冷やしています。タンク全体を覆っているので、全体をまんべんなく冷やすことができます。

夏場でも冬の温度環境をつくることができるので、四季を通じて酒造りができるんです。

黎明式発酵タンク。見えませんがタンクの周りはコンクリートの壁で覆われているようです。

――:
すごい‥‥。

瀬頭:
目の行き届く地元の高品質な原料米と水、そして独自の発酵タンクが我々のこだわりです。

発酵中のもろみ。見えづらいですが、ぷくぷくと元気に発酵しています。


松下:

とはいえ自然と生き物を相手にしているからすごく大変ですよね‥。

瀬頭:
だからこそ、おもしろいんですよね。

例えば、夏場の高温障害、日照不足などが起こるとお米の栽培に、もろに影響が出ます。今年は不作で「酒になるお米がとれなかった」となると経営的にも厳しくなります。

何が起きても対応できるように、いろいろな対策をいつも頭の中で考えています。

お米を洗うにしても「どれくらいの時間洗うのか」「何秒ほど水に浸けるのか」というのも、とれたお米の質やでき具合によって毎年変えているので、いつも「酒造り1年生」とみんなに言っています(笑)。

松下:
日本酒のツウは「今年はどこの、何がおいしい」とよく言ってますよね。
やっぱりその年で、風味や味などが変化するということなんですね。



4.いいお酒は、いい人から生まれる

九州弁で良か人=良い人、良か酒=良い酒という意味


――:

「良か人と良か酒を育む蔵」という思想を掲げていますね。

瀬頭:
うちは4社合併した背景があり、お話した通りバラバラな状態が続きました。その状態で存続はしていましたが、ある時ガクッと経営状態が悪くなり、経営破綻しそうになりました。

そのときはたくさんの人の支えのおかげで無事に企業再生はできましたが「原因は何だろう?」と突きつめるとわたし自身も、会社としても、すべての判断がブレていることに気が付きました。

「会社として何を大事にするのか」「どういうお酒造りを目指していくのか」ということが明確になっていないからブレるんです。

そこで、もともと持っている会社の強みや、目指すべき方向性を整理して言葉にしました。

――:
そうだったんですね。

かつてお酒は神様と人を結び付ける役割を担う「神聖」なものだったようです

瀬頭:
我々の業界には「和醸良酒(わじょうりょうしゅ)」という言葉があって「和の心は良い酒を醸し、良い酒は和の心を醸す」という意味です。

お酒造りは地元の米農家さん、地元のすばらしい水、蔵人のそれぞれが協力し、尊重し合うことで初めていいお酒ができます。

酒蔵としておいしさを追求することは当たり前ですが、お酒造りに関わる人々、自然を尊重する心、そして誠実さを持った「良い人」でなければ、良いお酒を造ることはできないと思っています。

お酒には人柄が表れますから。



5.蔵開きについて

蔵開きの告知をがんばる松下

――:
4月29日から開催される「蔵開き」とは何のことでしょうか?

瀬頭:
毎年、新米がとれる10月ごろから酒造りをスタートして、翌年の4月まで仕込みをします。

ちょうどできたばかりの新酒をお客様に味わっていただくために蔵を開放してお招きするというイベントです。当日だけしか販売しない限定酒を販売します。

――:
それはどういうお酒ですか?

瀬頭:
今年しぼりたてのお酒を瓶詰めし、その場でご提供します。

通常はしぼった後、加熱殺菌したりある一定の熟成期間を置いたりしますが、この日は余計な手を加えずに、フレッシュな状態のお酒を販売します。

松下:
聞いているだけで飲みたくなってきました‥。

瀬頭:
ぜひお越しください!他にも木樽職人さんが目の前で木樽をつくる「実演会」やジャズオーケストラ、三味線、和太鼓の演奏も予定しています。

――:
もう、お祭りですね(笑)。楽しみにしています。今日はお話を聞かせていただきありがとうございました!


おわりに

「創業180年超えの老舗」と聞き、ずっと堅実な経営を続けてきたのだろうと思っていました。しかし話を聞いていくと、波瀾万丈の連続。合併した4つの蔵がばらばらで、一時は経営破綻の危機も。命を削るようにして会社を建て直したエピソードを瀬頭さんは笑顔で話し「危機のときこそ『良か酒』を追求してきた」と言う。瀬頭さんは本当に酒造りが好きなのだ。「良か人と良か酒を育む蔵」を瀬頭さんが象徴している、そう思いました。いい仕事は、いつも誰かの強い思いから始まる。


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