夕暮れ時に歩けば

部屋の戸を開けると、憂鬱になった。

空は夕暮れ。これでは体が鉛になってしまうのも無理はない。

薄い木の板で隔てる世界が、いかに苦痛を伴うものであったか。いや、僕があえて外を見ようとしなかった事も厳然に立つ事実である。

人は二度の死を迎える、と誰かの言葉で聞いていた。

母の胎内から産声をあげる時、本当の死を迎える時の二度なのだと言う。もっとも、僕は第一の死と定義される誕生の瞬間を死だと認識はしていない。

だが、生を得る行為に母が死の苦しみを味わう、という意味では生と死は隣にあるのだと思う。

僕にとって、隔たれた世界に目を向けることは、お産の苦しみではないか。

新たな風景、新たな気持ち、新たな発見、新たな出会い……それらは未知との遭遇であり、また恐怖の対象でもあった。自分が外に出る事で、僕は未知との遭遇を極端に恐れていたのだと思う。

眠るのも同様に恐怖だ。明日という未知が自分の前に立ちはだかり、それは歩む限り必ず訪れる事実だからだ。だが、眠ったきり夢の世界に居られたなら……そうなれば眠りは一転して幸福の対象になる。それでもって、生と死の関係によく似ている。

母は体を動かせ、と言っていた。なんと言うことは無い。体を動かす前に精神がそれを拒む。心と体の均衡を失わせ、時計の針を狂わせる時間が夕暮れ時だった。僕はこの時間を心底憎んでいる。だが、もしもこの憎しみがなにかに取って代わられるのであれば……それは新たな憎しみか、幸福へのきざはしか……わかりはしない。それもまた未知だ。

母はよく畑を弄っていた。畑は山の奥にある。歩くには遠い。僕は敢えてそこに行こうとは思わなかったけれど、母の言うことを守ろうとするのも律儀すぎるとは思う。まあ、要は空っぽの心を埋める何かが欲しかったのかもしれないし、憎しみで満ちた心を別の何かに変えたい気もした。どちらにせよ胸が疼くのをどうにかせねばなるまい。

目眩と嘔吐がひどかった。
僕は下駄を履いていた。ほとんど使った覚えはない。なので底は分厚く、歩いていて不格好であることこの上なかった。

日が沈みきっていない、月もまだ出ていない宙ぶらりんな時間帯に、僕は何を望んで歩くのだろうか。

母に言われたことを守りたいからなのだろうか。それとも、あるいは自分の内面を直視しない自分に苛苛したから? そのどちらでもあり、そのどちらでもない。それをもって僕は僕に虚無を覚え、僕自身を憎むのだった。

道程は辛いものだった。山は険しく、人の通る道ではない。それでも母と一緒にいた景色は鮮明に覚えているものだ。その記憶を辿りに、鉛のようになった足を動かした。ふくらはぎの辺りが張って動かない気がした。

母は自分から僕の前に現れようとはしなかった。母は優しかったが、優しさの影に厳しさを持っていた気がする。なぜ優しさの仮面を被ることに徹することができるのか、僕にはわからなかった。わからないと、自分に腹が立った。それさえも僕の傲慢だった。

思えば不思議な外出だった。僕は表面的に外界を拒絶し、恐怖を示しながらも、何かに救いを求めていた。失った心と体の均衡が、平穏に戻ることを願っていた。

生と死が隣にあるように、苦痛と救済もまた隣にある。

やがて山の奥の小屋に煙が上がったのを見つけた。母が微笑して待っていた。
「よく、自分の体で、ここまで来られましたね」

母の微笑みを呆けて見ていると、黄金色に輝く菜の花に夕暮れの橙色が重なって、己の足で山を登った僕の心に重い荷物を下ろすような感覚が芽生えた。僕は僕が拒絶した外の世界を、思いの外美しく感じ取っていた。

菜の花や月は東に日は西に――

そんな一句が心と体の狭間に収まった。

そんな気がした。

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