“あなたは、よいこ。 なにかを じょうずに できなくても。 みんなと 同じように できなくても。” 「〇〇さんのせいだよ」 そう言ってヘラヘラ笑いながら見せてきたあの子の小さな手は、青く腫れていた。 ここには、小学1年生から中学3年生まで、色んな子どもがくる。 発達や知的に特性のある子、 そして愛着に問題のある子。 それぞれの具合や出てくる特徴、グラデーションは様々で全て混ざり合った子も少なくない。 そして、殆どの子が、何かしらの虐待を受けてきているのだ。 ごはん
“なぜか、ふたりがけだけが、ラブソファなのだ。 ひとりにも、三人にも愛はつかないのに、ふたりなら自動的に愛になる。” 「だってさ、あんな若造りしたおじさんがさ、カッコつけたスーツとか着てさ、 愛だのセックスだの語ってるんだよ、女の人になってみたり、イケイケな若い人のフリとかしてさ。 そんなのが好きなわけ。」 以前、大人の病棟に居たとき、高校生の女の子に、石田衣良がすき、と言ったら、言われた台詞だ。 捻くれ者の、人嫌いの猫のような子であった。 誰かに、自分に気づいて欲
“そうしてあなたは 自分でも気づかずに あなたの魂のいちばんおいしいところを 私にくれた” 夜、眠りにつく前には、詩を読むことにしている。 たまに絵本だったり、エッセイや小説なこともあるけれど。 一篇二篇、ゆっくり読むと、 外に向けて張っていた気が、すっと緩んで、 からだの中が、じんわりあたたかくなって、 息がゆっくり出来るような感じがするのだ。 色んな詩人がいるけれど、 特に谷川俊太郎の人間くささが、愛おしくて、何より好きなのである。 彼の詩集の何冊かが、寝る前
“何がいけないの?” “理由なんて何も。パイのせいじゃなく注文がない。選ばれないだけ。” “マイ•ブルーベリー•ナイツ”という映画の中で、 何故かカフェでブルーベリーパイだけ殆ど手付かずで売れ残る、という話の中での台詞だ。 この映画を観た後、1週間はずっと、 ノラジョーンズの“The Story”を聴いていたと思う。 ウォンカーウァイという監督が好きだ。 内容はどれも、どこか残酷で、救いがないように思うのに、 描き方がポップで奇妙で、ロマンチックなのも、 登場人物
“愛されようとするには、同情さえしたらいいのだ” ふらふらの頭のまま、部屋の本棚に置いてあった本をテキトーに引き抜いて勢いのままに開いたら、ページの初めに書いてあった。 サン=テグジュペリの『夜間飛行』、いつ買ったんだったか、最後に読んだのはいつだったか。 頭がふらふらするのは気圧のせいか、貧血なのか、微熱からかよくわからないけれど、 とにかく、走り続けていたら急に熱がでて、 原因も不明だけど、数日休まなくてはいけなくなった。非常に不本意である。 あの子たちの顔をみる