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曲がり角の魚料理屋②(店名のないグルメ紀行)

「イワシの蒲焼きとご飯ください」
渋い店の雰囲気とは不釣り合いに洒落たマダムにオーダーする。

出てきたイワシの蒲焼きは、身が立派でジューシーだ。
味付けどちらかというと煮付けのような感じで、味も濃すぎない。
濃い味付けを見越してご飯を頼んだが、必要なかったようだ。

案の定、ご飯は出てこなかった。
おそらく、マダムはそれを見越していたのだろう。
いつでもウワテなのである。

じゃがいも焼酎と鰯の蒲焼

長崎は銅座。
大通りを一歩外れた場所に、その店はある。
おじいさんの板前、焼き物を作るおばあさん、そして給仕と酒担当のマダムの3人で回している小さな地元の居酒屋。
いかにしてこのディープ極まりない店に入ったかは、前回の記事を見て欲しい。

じゃがいも焼酎というあまり見ない代物をオーダーし、ちびちびとやる。
じゃがいもの甘みが心地よい。

「じゃがいもは初めてでしょう?」
とマダム。
「ほのかに甘くておいしいです」
と答えると、
「よかったわ」
と言いながら、焼酎の瓶を見せてくれた。

カワハギ某重大事件

そうこうするうちに、サラリーマン風の二人組が入ってきて、カウンターに腰掛けた。
言葉を聞く限り、おそらく長崎の人ではない。
私と同じく、関東の人だろう。

「おすすめはありますか?」と二人組のうちの一人がいた前のお爺さんに声をかけた。
「カワハギが入ってますよ」とおじいさんが答える。
「じゃあカワハギのお造りお願いします」とお客さん。
おじいさんは入り口近くにある水槽に向かった。

カワハギの刺身とはどんな具合なのだろう。
隣のオーダーながら興味津々だったが、おじいさんがなかなか戻らない。
すると焼き物担当のお婆さんやマダムも水槽の方へと向かう。
話を聞いていると、どうも、カワハギが「行方不明」らしいのだ。
おじいさんは網を片手に水槽の辺りを捜索している。

一通りあたふたした雰囲気が終わると、おじいさんが出てきて、二人組の客に声をかける。
「すみません、カワハギは逃げちゃったみたいで…」
これにはサラリーマン二人組も笑うしかない。
「代わりにカサゴはいかがですか?」と板前さんはカサゴを見せる。
ジャンルが随分と違うよなあと思いながら眺めていたが、サラリーマン2人も仕方ないので
「いいですよ」と笑っている。

オーダー通りのものが出ないとカリカリと怒り出す人もきっといるだろう。
だが、これは滅多にない、予想だにしない、新しい出会いのチャンスなのだ。
そんな風に受け入れられるようになりたい。

茶漬けとクリアファイル

さてと、こちらはそろそろ締めだ。
メニューに目を通すと、イワシ茶漬けがある。
イワシに始まり、イワシを通って、イワシで終わる。
なかなかいいものだ。

出てきたイワシ茶漬けは、ご飯の上にイワシ、お茶も出汁ではなく本当のお茶というシンプルなものだ。
ずすーっと書き込めば、五臓六腑に染み渡る。
完全に締まった。
締まってしまった。

お会計を済ませると、マダムが、
「ちょっと待っててね」と言う。
なんだろう。
待っていたら、軍艦島のクリアファイルをくれた。
ちょうど2日前に行ったばかりだったので、そのことを話すと、
「よかったですね。崩落がひどくて近く入れなくなるらしいわよ」
全く知らなかった。
長崎の人は、長崎が大好きなのか、とにかく詳しいように思う。

「ごちそうさまでした!」と告げ、店を出る。
酔っ払った肌に、冷たい夜風が気持ち良い。

さてと、夜もまだ早いし、夜景でも観に行こうか。

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