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Machine of the Eternityー黒い剣士と夜の月ー

マコトの回復力は驚異的で、もう目の包帯がとれたら退院だとミズノに言われ、早急に仕事を始める準備にかからなければまずいと思った俺は、携帯電話を取り出し、シルドの短縮を押す。シルドは旧式で、連絡コードが内蔵されていないのだ。何回か続いたコールが止まるとシルドの太い声が響いた。

『なんだよ。証拠泥棒』

やけになったような大声に俺は思わず携帯電話を耳から離す。
「おいおいまだ根に持ってんのか?」
『当り前だろう。で、今日は何の用だ?人間様に証拠が少ないから金を返せて怒鳴られた可愛そうな同報をちゃかすための電話か?』
「いやいや。そんな趣味悪いことはしねえよ。実は、調べてほしいことがあるんだよ。例の事件の、倭民族絡みなんだけどよ」
携帯電話越しからでも感じられたシルドの不満を感じる冷たい空気が消えた。
さあて、ここからは真面目なビジネスだ。
「俺が関わることで何のメリットがある?」
「そうだな、全てが解決したらが関わった情報を全てくれてやる。新聞記者にでも売ったらいい値になるだろう。それで、店を改装するなり、オプションパーツや新装備をつけるなり、最上級機械油(リオイル)を買うなり好きにすればいい。どうだ?悪い話じゃないだろう」
どうせ俺にはそれ以上の大金が入るはずだ。何せ本物の倭民族そのものが手に入るんだから、それくらいシルドに譲ってやってもいいだろう。
『どこからそんな金が飛び込んで来るら知らんがいいだろう。その話乗った。何がほしい?』
「そうこなくちゃな。同報に、顔に十字架の青刺をしている野郎がどれくらいいるか知りたい」
シルドにはもう一つの顔がある。それは、軍の衛星事業。永遠の人形の大半を衛星で管理している。これは、機械の故障から始まる暴走や、人間に危害を加えない為のシステムだ。最近ではどちらが本業かわからないくらいに仕事は減っているらしいが。
「ちょっと待てよ。刺青?そんなの何体いると思ってるんだ。一時期あんなに流行ったんだ。
・・・・いや、でも、ここ三日間足どりが掴めないやつがいるな。えっと、No.402。本人はシオンと名乗ってるようだ」
「どこで切れた?」
携帯電話越しからキーボードを叩く音が聞こえた。かちりとマウスがクリックされる。シルドがはっと声を出す。
「まさか、ありえない」「どうした」
「シオンの詳細がわからなくなったのは、焼け野原になった謎の村。恐らくの村近くだ。軍のセキュリティ機能でそこにはいけない事になってる筈なのに」
シルドの愕然とした反応に俺は頭を抱えた。何故、衛星管理回線が途切れたのか、何故、本来ならば入ることの出来ないの村にシオンが足を踏み入れる事が出来たのか。
故障、製作ミス、衛星の異常。様々な可能性が頭を過ぎるがどれも仮説の域を出ない。
「わかった。俺も調べとくからそっちもよろしく頼む。足どりが掴めたら連絡くれ」
シルドの返事を待たずに電話を切った。

「衛星が使えないとなると残る手は今はなしか。とりあえずマコトの傷が完治してからだな」

呟いて俺は、足早に事務所へ向かった。

僕は、ベットの上で、たった今ミズノに言われた言葉をぼんやりとしていた頭で思い出していた。
「あなたの自然回復力は大したものよ。でも、体力回復促進には食事と睡眠が必須なの。血肉に養分を与えなければ人はただの肉の塊よ?ただ、あなたは食事を取らないっていっている訳だから私だって無理強いはしない。点滴してそれ以上に睡眠をとってもらうまでだから。でもね、心の傷まで治せるような器用な医者じゃないの。私は。辛い経験をした事はわかってる。だけど、どこかで心の折り合いをつけないと。そればかりは、貴方次第よ」
そう言って工具を抱えて鼻歌交じりで部屋を出て行ってしまった。ミズノにそう言われた以上、眠るか食事をとるしかないのだが、相変わらず食事は喉を通らない。となると残るは一つ。寝るしかない。
「まったく、あの医者本当に医師免許持ってるのか?患者にたいしてあの態度はないだろう」
いや、ミズノは何も悪くない。だが、彼女に当たるしかなかった。
枕に頭を預ける。
正直、眠れないというよりは、眠りたくないのが本音だ。目を閉じれば、右目と身体と精神(ココロ)が痛い。
再び村を、彼女を失う夢をきっと見てしまうのだから。

「‥‥‥やっぱりあの時」「死ねばよかったか?」
「!」

心臓が口からでそうなほど驚いた俺は、傷が痛むくらい飛び上がった。イオは煙草を加えてにやりと笑っていた。
「死にたがりは俺らにとっては贅沢者なんだぜ?」
「そんなこと願う前に心臓麻痺で死にそうだったよ」
僕は鼻で笑いながら悪態をつく。
「はっ、んな口聞けるくらいに回復したならもう大丈夫なんだろうな。よし、ミズノに外出許可もらいにいくか」
「外出許可?」
イオは煙を吐き出す。キセルの煙の匂いに似たそれは、ゆらゆらと揺らめき、空気に溶けていった。
「ああ。詳しい情報が入って来るには時間があるからな。お前の武器を買いに行くんだ。さすがに丸腰で復讐なんて考えてないだろ。えっと、刀って名前だったっけか?悪党討伐には使い慣れた武器がいい」
両手を握ったり閉じたりして、刀を握るのに支障がないか確認し、頷いた。
「よし、ミズノに頼んでくる」

しばらく扉の向こうで浮気をしても悪びれない男とそれを怒る女の言い合いのような罵声が聞こえていた。

『何言ってんのよ!包帯が取れたらって言ったでしょ?ろくに食事も取れてないんだから体力は戻ってないし、第一歩けるかどうかもわからない癖に。イオ君どうかしてるわよ。彼を殺す気?私の苦労を無駄にしないで頂戴!』
『いいじゃねえか。どうせ何も出来ないんだろ?こんなとこに何日も寝てたって治るものも治らないだろうし。息抜きだよ息抜き』
『そうやって絶対に面倒ごとに巻き込まれるのよ!今までの行いを思い出してみなさいよ。味方より敵の方が多いんだから。なんで、あんたは機械の癖にそんなに馬鹿なのよ!分解するわよ』
『や、やめ!注射器向けんな!あれか?最近裏ルートで手に入れたって筋弛緩剤か。ふざけんな、冗談じゃ・・・おい!やめろってーーーーー』

「・・・・・」

終いには物が壁にぶつかるような派手な音が数分間聞こえ、漸く扉が開いた。ネクタイが乱れ、ワイシャツが開けたイオが無事な手でOKのサインを作っていた。
「だ、大丈夫か?」
「あぁ。大丈夫、大丈夫。さ、早く着替えていくぞ。制限時間は三時間だ」
三時間か。
そう考えながら、懐かしい詰め襟の学生服に袖を通し、少し長い袖を捲りながら懐かしい感触を確かめた。

「懐かしいか?」
「ああ。まだ村の規模が大きかった時僕達が通っていた学校は、質素で小さい学校だった。年々学校に通う年代がどんどんと減っていったから」
イオは煙草を吹かしながら黙って頷き、続きを促す。
「僕とあやめは最上級生の時、小さい子の面倒もよく見てたんだ。最低限の事しか学ばなかったけど楽しかったな。なんか、学校っていうよりは‥‥‥」

言葉が繋がらない。
僕を慕ってくれた悪戯好きな子達や、あやめに憧れる女の子達。大勢の子供達に笑顔で勉強を教える先生。そんな日常はたったの一夜で思い出へと変わってしまった。もう、あの沢山の笑顔を見ることは叶わないのだ。
「マコト?」
イオはほぼ無表情で俯く僕の顔を覗き込んだ。どうやら心配という名の感情は備えているようだ。
「あ、悪い。大丈夫だ」
一気に吸い込み、吐き出された煙が晴れた時のイオの表情は絵から抜け出したような愁いを帯びていた。

「俺は、復讐に手を貸したことはない。復讐心なんて感情を持ち合わせた人間に出会ったことがないからな。だから、俺には復讐という行為が何を生みだし、お前に何を与えるのかはわからない。だがな、これだけは言える」
坦々と続けられる言葉は僕の胸に突き刺さり。

「躊躇うくらいならやめたほうがいい」

そして、貫いた。

「・・・・躊躇いなんてない。僕は、あいつに復讐するしか、もう生きる意味がないんだよ」
感情をあまり示さないイオの瞳が冷たく見えた。鋭く射抜くような瞳。

「シオン‥‥‥」「え?」
「お前の村を襲った壊れた玩具の名前だ。よく覚えとけ」

玩具。僕にとっては最悪の比喩だった。壊れた玩具に全てを奪われ、壊れた玩具のために、全てを捧げるのだから。
「着替えたならとっとと行くぞ」
イオは茶色い帽子を深く僕に被せて木製の扉を開いた。僕は、傷が痛まない事を確認し、後を追った。