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Machine of the Eternityー黒い剣士と夜の月ー

意識が戻ると、そこは村ではなかった。草木が生い茂る森の中、異様な匂いとどす黒い空気が立ち込める嫌な場所だった。

『たすけて。誠――っ。助けて』

当たりを見回す僕の耳にあやめの叫び声が飛び込んだ。
彼女はさっきの男に漆黒のしなやかな髪を乱暴に掴まれていた。美しい着物はひどく乱れ、細い足をあらわにしていた。刺青の男はにたりと笑うと、それに手を回し深々と爪を立てた。血が滲む。
『やめてっ。いやぁ。誠っ助けて』
『やめろ!やめろぉ。あやめっ、あやめ。くそっ』
両の手足が紐によって堅く結ばれ、自由を奪われた僕にはどうすることも出来なかった。
いや、出来たことはあった。だか、それは、その屈辱的な光景を見て、あやめの名を叫ぶことだけだった。
『あやめ。あやめぇぇぇぇぇっ!』
そして、奴は笑った。何も出来ない無力な僕をあざ笑った。
『所詮、倭民族は狩られるだけの人間なんだよ』
そして、まるで拷問のように少しずつ傷つけられ、凌辱されたあやめの目の焦点が合わず、意識は遠くへいった。それでも僕は、無我夢中で彼女の名を叫び続けた。
『たく、五月蝿い餓鬼だな』
男は僕の胸倉を乱暴に掴むと、無理矢理立たせ、空いている左手にナイフを持ち、ゆっくりと右目に近づけた。
『ちょっと黙ってて貰おうか』『よせ、やめろ‥‥‥やめ』
ごりっ。不快な音と共に、視界が赤に染まる。
遅れてやってきた激しい痛み。それは何にも例える事のできない人間がおよそ味わうべきでない痛みだった。
『っっあぁぁあっぁぁぁ‥‥‥!』
吐き出すことが出来るのは喉が潰れるほどの悲鳴だけだった。気を失いかけていた僕に男がしたのは、残る左目の摘出作業だった。左手がぼやける左目に見えるのは狂気に顔を歪ます男の顔。
『これで終わりだ。――がっ!』
男の重心が傾き、バランスをとるため、僕から手を離した。半ば投げ飛ばされたようになった僕は、受け身もとれずに正面から倒れた。そのおかげで、拘束が緩む。倒れた男の足元には、俺の叫びに反応したのか、正気を取り戻したあやめがいた。男の足に必死にしがみついていたのだ。
『逃げて!‥‥‥お願い、い、生きて。誠だけで、も、生きて』
『この糞女(アマ)がっ!』
男は足に必死にしがみつくあやめを蹴り続けた。
『‥‥‥駄目だ。そんなこと、出来ない』
蹴られ続けたあやめの頭からは血が流れている。しかしそれでも、あやめは男から手を離さない。
『いいの。お願い。私の為に生きて』『黙れっ!』
男は軽々と、あやめを持ち上げると、あいているほうの細い腕をあやめの胸にあてがった。
その腕はあやめの胸をゆっくりと圧迫していく。そしてーーー。
『やめろぉぉぉぉおぉおぉぉぉぉっ!』

ボキィーーーーーーー。

『う・・・・・』
そして、骨が何本か折れる音を響かせて、その男とは思えない細い腕があやめの胸から突き抜けた。ごぼりと小さな唇から血の固まりが溢れた。
『うぁぁぁぁっ‥‥‥!』
その光景を目にした僕には何故か足に立ち上がる力が込められた。生き抜かなければ。今は、死ぬわけにはいかない。
あやめの目を見ず頷いて、叫びながら、異臭の放つ洞窟を走った。
生き抜いて必ずーーーーーーーーーーー殺してやる。

「それから何があったのかは正直覚えていない」
話を終えると、ミズノは無惨な物を見たかのように口元を押さえて青い顔をしている。
一方イオは、顔色一つ変えず黙って話を聞いていた。
「今回民族狩りと夜月(よづき)との関係性は?」
「わからない」
呆れたのかなんなのか、イオは静かに目を閉じた。何もかもわかっていない自分自身に失望した。なぜ、こんな僕が生き残ってしまったのだろうか。すべてを知る長や、父上、善蔵が生き残るべきではなかったのか?
「とにかく、今は傷を癒やせ。彼女が命懸けで守った命なんだからな」
命懸けか。あやめはこんな僕のために、あんな男に殺された。彼女の無念を晴らさなければ。
「あ、そうだ」
イオは、何か思いしたように大きな袋から黒い布を二枚取り出し僕に向かって投げた。懐かしい型、普通の服よりかすかにある重み。それは、詰襟の学生服だった。
「お前の服だ。知り合いの民族学者から倭民族のを調達してきた」
兄貴分のように気さくに、そして、無邪気に笑うイオは意識を落とす前とはまるで別人に見えた。
「懐かしいな」
口が緩むのを確かに感じた。なんだか、久しぶりに笑った気がする。制服の上着を広げ、大きさを確かめるために軋む体を無理やり伸ばして羽織った。少し大きかったが支障はない。
「よし。ちょっと大きいけど大丈夫そうだな。この街の服は基本俺ら仕様でな、お前が着るには大きすぎたから調達してきたんだが、その格好はかなり目立つ。お前が生きてることがわかれば、襲って来たやつはもちろん他の連中からもまた命が狙われかねない。身を隠したいなら・・・」
「いいんだ。・・・・これなら、奴を探せる」
イオは首を捻る。僕はそんな彼を見据えた。

「イオ。頼みがある」
「なんだ?」
そして、男の顔を思い出し目を閉じる。
「復讐をしたいんだ。村の、家族の、あやめの復讐を。頼む。手伝ってくれるか?」

――――こんなことであやめが喜ぶわけがない。やめるんだ。そんなのはただの自己満足だ。今まで通り身を隠し生きていればこれ以上傷つく事はないんだ


僕の良心が僕に必死に語るが、邪心が紡ぐ言葉をただ吐き出すだけだった。

「復讐?」
聞き返すまでもなかったが俺は返す。
マコトは、ゆっくりと左目を開いて頷いた。
「なんでも屋なんだろう。頼む」
「‥‥‥報酬次第だ」
ミズノが静止の声をかけようとしたが、すぐに止めた。ミズノであろうと仕事の邪魔はさせない。
「この、左目じゃ駄目か?足りないなら、僕を殺して売ったって構わない。復讐を果たせば、僕にはもう生きる意味も理由もない」
左目は、もはや復讐心という名の黒き炎を携えて燃えていた。本気だった。村の人々や、仲間、自分を慕ってくれた子供たち。たった一人の父親。そして、最愛の人が殺されたのだから無理もないだろうが。
「・・・いいぜ、交渉成立だ」
決意を決めた復讐者の目で、マコトは精一杯笑っていた。俺は、その不敵な笑みが気に入った。
久しぶりに楽しくなりそうだ。
「それと、もうひとつ条件がある」
尋ねるような顔のマコトに見せるように右手で左の人差し指を握る。そして、本来曲がるはずのない方向へ指を思いきり曲げた。
「おい。何を、やめろーー」

ゴキン。

軸が折れる音に反応し、マコトは目を伏せた。
「いいから見ろ」「・・・っ!」
マコトに俺が見せた物。
それは、人工皮膚が破け、軸が剥き出しとなり赤黒い機械油(オイル)の通る管が飛び出した無残な指。
「俺も、お前の村を襲ったその男と同じ、機械人形。永遠の人形だ。だが、奴をどんなに憎んでいても、その憎む者と俺が『同類』であっても、何があろうとーーーー俺を信じろ」
「・・・・痛みはないのか?」
あの決意の眼差しからして、即答するかと思っていたが、見当違いの返事をしてマコトは恐る恐る俺の指に触れた。
「あぁ。永遠の人形は痛みを感じない」
マコトは俺の指に触れ続け、俺を見た。
「奴が機械だから、簡単に人が殺せたのか?」
何故かマコトの言葉に少し不快な気持ちを覚えた気がした。強い衝撃を受けたような、身体の中のエンジンが暴れ回ってうまく身動きが取れなくなってしまうような不思議な感覚。
「違う。それは奴の意思だ。俺達にだって意思はある。自分の行動を選ぶことが出来る。たとえ、不の感情がなかったとしてもな」
機械油で濡れた床を踏み締めた。人間の体重の何倍もある俺のせいで床がぎしりと軋む。マコトはどんなに機械油で濡れても手を離そうとはしなかった。それどころか握る手に力が篭る。
「イオ。僕は、お前を信じていいんだな?」
復讐者の目はいつしか全てを飲み込む夜色に変わっていた。それは、月のない深い夜に似ていた。
「あぁ。仕事だしな。ついでに、村に行って墓作りでもしてやるよ」
そして俺はいつの間にか退屈凌ぎだと思っていたこの仕事に何か使命感を感じていた。