本を読んでいるとしびれるような一節に出くわすことがある。
最近私は、なぜ現代社会は精神疾患を患う人間を大量に生産するのかを考えていたが、それに対して力のある記述を目にすることができた。もちろんこの記述をそのまま精神医学の現場に輸入したとて、対症療法として有効とはいかないだろうが、神経症や精神病を生み出す母体としての場、それを支配する観念の、つまりは時代精神の大きな枠組みの把握としては、有効だと思われる。
現代社会はなぜ精神疾患を大量に生み出すのかに関しては、個人的に精神医学の進化と深化によって発見できなかった、見えなかったものが見えるようになったのかも大きな力としてはたいているように思う。それに伴う、あらゆる精神現象の病気化、治療対象化も大きいだろう。
ただ精神医学のことだけを語っていたようでは、精神疾患は説明できない。人々の交流する場、母体としての日本社会に対する観察と考察をこれからも続けていきたい。
大きな物語が死んだ時代に生きている立場からすれば、それをいっぺん体験してみたいと感じたくなってしまうものだ。生の無意味さに苛まれることもないのだろうか。ちょっとばっかしうらやましさを感じたのであった。