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愛とは〜OSHOの名言〜

Oshoの愛についての名言をシェアします


 Oshoの瞑想合宿で知り合ったヨガ友がOSHOの素敵な名言をシェアしてくれました。
Oshoはインドの神秘家、精神的指導者で現代人にあう瞑想法を伝えてくれたマスターです。

OSHOの言葉はいつも目を覚まさせてくれるから大好きです。

愛を妨げるすべての障害を取り除くのが瞑想なんですね。

皆さんにもなんらかの気付きの光となったら
嬉しいです。



『珠玉の名言』

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愛が可能なのは瞑想が起こったときだけだ

もしあなたが自分という存在に根付いていないのなら

自分の存在に安らぎ、くつろぐことができないのなら

全く1人でいながら、至福に満ちていることを知らないのなら

愛とは何かを知る事は決してないだろう

愛は関係性として現れる

だがそれは深く独りであることから始まる

愛はつながりを通して表現される

だが、愛の源はつながりの中にはない

愛の源は瞑想の中にある

あなたがひとりで本当に幸せな時

他者を全く必要としていない時

他者が自分のニーズではない時

愛が可能になる

他者があなたのニーズなのなら

あなたは、搾取し、操作し、 所有することしかできないし

愛することはできないだろう

あなたが他者の存在に頼っていると、所有が現れる

それは怖れから始まる

誰にわかるだろう?

この人は今日と明日は私といるかもしれないけれど

次の瞬間の事は誰にもわからない

あなたの彼女があなたから去っていくかもしれない

子供たちは成長して去っていくかもしれない

あなたの夫があなたを見捨てるかもしれない

次の瞬間の事など誰にわかるだろう?

未来への怖れのために、あなたは自分のものにしておきたいと強く思うようになる

あなたはその人の周りに束縛を作り出す

あなたは、自分は愛しているのだと考えるかもしれないが

愛というのは、牢獄を作ることができないものだ

もし愛が牢獄を作ったというのなら、その末に残るのは憎しみだけだ

愛がもたらすのは自由だ

愛は自由を与える

それは無執着だ

だがそれが可能なのは、 あなたが全く違った愛の質を知ったときだけだ

自分のニーズではなく、シェアリング、 分かち合う愛だ

愛は溢れ出る喜びのシェアリングだ

あなたはあまりにも喜びでいっぱいで抑えられず、シェアすることしかできない

そんな時それは詩になる

この世のものではない、何か素晴らしく美しい、彼方からやってきたような何かだ

この愛は、学べるものではない

だが、障害物を取り除くことはできる

私は何度も

愛のアートを学びなさい、と言う

だが私が本当に意味しているのは

愛を妨げる全てのものを取り除くアートを学びなさいと言うことだ

それはネガティブなプロセスだ

井戸を掘るのに似ている

あなたは 何層にもわたる地面を、石や岩を取り除き続ける

すると突然そこに水がある

水はいつもそこにあった

それは底流だった

今あなたはすべての障害を取り除き、ここに水がある

愛も同じだ

愛とはあなたの存在の底流

すでに流れているものだ

だがそこにはたくさんの岩が、取り除くべき何層もの泥がある

これが、私が愛のアートを学びなさいと言う時意味していることだ

それは愛を学ぶと言うことではなく、 愛さないやり方を手放すと言うことだ

ひとりで生きることのできる人が、本当に気づいている人だ

というのは真実の半分だ

もう半分は、本当に1人でいることができる人は、 誰かと共にいることもできるというものだ

実のところそんな人だけが、 共にいることができる


OSHO


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