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映画から見る〝文化の型〟――「中国シネマの世界へようこそ」イベントレポート

 普段何気なく見ている映画やドラマのワンシーンには、その国の文化の蓄積が〝型〟となって顔をのぞかせている――そんな視点から作品を鑑賞したことはあるだろうか。
 都内を拠点に日本と中国の学生交流を推進する「日中学生会議」によるイベント「中国シネマの世界へようこそ」が、6月24日(土)に早稲田大学で開催された。イベントには、中国映画を専門に研究する中嶋聖雄なかじませいお氏(早稲田大学大学院教授)と刈間文俊かりまふみとし氏(JACCCO理事/東京大学名誉教授)が登壇。現代中国映画の特徴から、中国映画における〝恋の語られ方〟まで、両氏がその魅力を存分に語った。

(文・JACCCO youth)

【中嶋聖雄】早稲田大学大学院教授。専門は経済社会学、文化社会学、中国・東アジア社会研究など。現代中国映画産業の経済社会学や、アジアにおけるクリエイティブ産業の組織社会学などを精力的に研究している。

【刈間文俊】一般財団法人日本アジア共同体文化協力機構(JACCCO)理事、東京大学名誉教授、南京大学客員教授。専門は中国映画史、中国現代文学、表象文化論など。中国映画の第五世代の監督たちとも親交を多く結ぶ。


多様化する現代中国映画

「中国映画のダイナミズムはどこからくるか。それは政治、経済、芸術という三つの論理がせめぎ合いを起こす中で生じるのです」と中嶋教授は講演を切り出した。

 日本とは異なる社会体制を敷く中国の映画作品には、どのような特徴があるのか。中嶋教授は大きく3つの分類を用いて説明する。

 まずは、国の意向などを正確に反映し、実際に援助を受けて制作される「主旋律映画」。国家の歴史観に基づいて作られる中国革命の歴史を描いた映画作品や、過去の指導者の伝記映画などがこれに含まれる。たとえば、第二次国共内戦を描いた『大決戦 淮海戦役わいかいせんえき』(1992)では、戦闘シーンにCGではなく、実際の人民解放軍兵士や武装警察など計13万人を動員し空撮を敢行。国家の全面的なバックアップがあるからこそ、こうした撮影が実現できるのは「主旋律映画」の特徴の一つと言えるだろう。

 次に商業ベースで、エンターテイメントを主たる目的として作られた「娯楽・商業映画」。中国で大人気となり、シリーズ3作目には日本の人気俳優なども加わり、日本を舞台にして撮影されたコメディミステリー『唐人街探偵とうじんがいたんてい』(2015,2018,2021)など多くの映画作品がこれに当たる。

 そして、国際的な文脈も考慮にいれつつ、映画の芸術性をより追求した「国際派映画」。動乱の現代中国を背景に、2人の京劇役者の生涯を描いた『さらば、わが愛』(1993)や、同じく現代中国の歴史に翻弄されながらも力強く生き抜く庶民を描いた『活きる』(1994)といった作品がこれに当たる。より最近では、賈樟柯かしょうか監督の作品のように、同時代的な社会問題を描くインディペンデント映画も、芸術性を志向するものである。多くの日本人にとって馴染みがあるのも後者の2つの分類に属する映画だろう。

「ただ、これらはあくまでも便宜的な分類に過ぎず、実情はより多様かつダイナミックです。近年では、各分類の境界はより曖昧になり、互いに影響を及ぼし合う現象が起きていると言えます」(中嶋教授)

 たとえば、「主旋律映画」と「娯楽・商業映画」が互いの要素を取り入れ合った「新主流映画」では、国の重要な歴史を描く作品に有名な監督や俳優が登用されるといった動きが見られている。また、映像作品の視聴手段の多様化や、国内外のSNSでの影響力が掛け合わさることで、新たなジャンルに注目が集まることも増えている。当初はWEBアニメシリーズとして始まり、それがSNS上で人気を集めるようになり、やがて日本の声優陣によって吹替版が制作されたアニメ映画『羅小黒戦記ろしゃおへいせんき』(2019)などはまさにこれに当たる。

『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』(シネマトゥデイ/YouTube)

 中国特有の社会事情を丹念に読み解き、映画の作られ方や文脈などを視野にいれながら、作品を鑑賞する。あらすじや俳優の演技だけでなく、そうした映画の楽しみ方もあるのだと感じさせる中嶋教授の講演だった。


ヒーローたちは恋を語るか

「映画やドラマのワンシーンの背後には、各国が蓄積してきた文化の型が横たわっているのです」と次に登壇した刈間名誉教授は参加者に切り出した。

 たとえば、日本でかつて大人気を博した『101回目のプロポーズ』(1991)。これは韓国や中国で何度もリメイクされている。主人公がトラックの前に飛び出すシーンは、多くの人が一度は目にしたことがあるだろう。日本では、冴えない中年男性を演じる武田鉄矢たけだてつやがトラックの前に飛び出し、その後に道路にへたり込み「本当は怖かった」と弱さを見せる姿に、恋愛にトラウマを抱えた女性を演じる浅野温子あさのあつこが恋に落ちる。ところが韓国版では男性は胸を張って「僕は死にません」と叫ぶのだ。その情熱が女性の心を射止める。一方、リメイクされた中国版(2013)では、道路に飛び出した主人公を前に、女性は「幼稚」と一言言ってその場にしゃがみ込む男を後にして去るものの、内心では相手の真っすぐな行動に触れて恋に落ちる。日本と中国では恋愛の対象として描かれる男性は、女性の前で弱さを見せるように描かれるのだ。

「もちろんこれは映画やドラマの世界に見られる〝型〟の話であって、現実の日本人/中国人の恋の落ち方を描いているわけではありません。ただ、こうした型をある程度理解して作品を鑑賞すると、〝型が破られた時〟の面白さにも気がつくことができるのです」(刈間)

 そうした中国と、中国伝統思想の影響を深く受けてきた日本の映画やドラマには、「人物表象の文武分業制」という共通する文化の型が見られると刈間名誉教授は言う。つまり、恋愛の対象として描かれる男性は細やかで時には弱々しくさえある(文)のに対し、正義の力を振るう男性(武)は、明確に分かれているというのだ。京劇の世界では「小生しょうせい」と「武生ぶせい」とで役割が分担され、歌舞伎の世界では「和事わごと」と「荒事あらごと」がそれらに当たる。そして、恋を語るのは常に小生(和事)であり、武生(荒事)ではない。弁慶べんけい関羽かんうが恋を真正面から語ることはないのだ。

 こうした文化の型が、さまざまな映画やドラマのワンシーンに横たわっている。講演では、映画『戦狼せんろう』(2015)などを例に、型が巧みに守られることで、場面にユーモアをはじめとする多様な効果が生まれていることが指摘された。

 両氏の講演終了後には参加者同士によるディスカッションと、Q&Aセッションが行われた。参加者からは、「これから新しい視点で映画を楽しむことができると思う」「さまざまな文脈を意識することで、中国映画をより深く楽しめることができそうだ」といった声が聞かれた。

(写真提供:中嶋聖雄、刈間文俊、日中学生会議)


【主催】日中学生会議 1986年に設立。日中両国の学生で各種イベントなどを実施し、相互理解を深める交流を行なう。毎年8月に3週間かけて合宿形式で行われる本会議は、団体設立以来より続く伝統行事の一つ。


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