「Z世代とメンタルヘルス」をどう語るか?~国際比較からみえる「視座」という問題点~
格差・差別・気候変動。不安定な社会の中で、世界中で重大な課題として可視化されてきた「メンタルヘルス」。こころの病気は誰であっても罹患する可能性があり、周囲と社会による支援が必要不可欠である。なかでも、「Z世代(Generation Z)」には、彼らのメンタルヘルスを脅かす大きな不安がのしかかっている。
※「そもそもZ世代とは?」という疑問を持たれる人もいるだろう。以下に簡単な説明をつけておく。(既に知っている人は読み飛ばしてください)
「Z世代」に厳密な定義はないものの、主に90年代後半からゼロ年代前半までに生まれた世代を指す。年齢で言えば、現在の15歳~23歳前後。もう少し上の世代は「ミレニアル世代(Gen Y)」と呼ばれ、同じ若者層でも区別されることが多い。特に米国では人口の20%を占めるいわゆる「次世代」であり、多大かつ特徴的な経済的影響力も持つことから、その動向が注目されている。
その最たる特徴は、小中学生のころからSNSを活用し、当たり前のコミュニケーションの手段として育ってきた「ソーシャルネイティブ」であること。さらに他世代と比較すると多種多様な人種・文化が併存する社会の中で、SNSという国籍を問わないコミュニケーション手段を活用してきた。結果的に人権や多様性、地球環境に対する意識が高く、また社会問題に関して積極的にアクションを起こす傾向にある。これは消費行動においても重要な価値観であり、社会貢献に積極的なブランドを選り好む。
その他「Z世代」というタームについて詳しく知りたい方は、以下のサイトなどでわかりやすく解説がなされているので参考にしてほしい。
さて、さまざまな特徴をもつZ世代だが、彼らのメンタルヘルスを脅かすものとは何だろうか。彼らはSNSという新しいコミュニケーションツール上での存在としての不安と、9.11以降の社会的な不安、この2つの不安を「生まれてからずっと」抱え続けている世代でもある。これらは解消されることのない常態化した不安で、ゆえに彼らにとって自身のメンタルヘルスとどう向き合うかは、身近かつ重要な問題となっている。
――これが、「Z世代」と「メンタルヘルス」の関係性についての一般的な説明になるだろう。しかし、Z世代は米国由来の概念であり、そのメンタルヘルスの説明は、いうなれば「アメリカのZ世代」を対象としていて、「日本のZ世代」の姿は見えてこない。当然、日本のZ世代にも共通する部分はあるだろうが、その解釈全てを日本の同世代に当てはめてもよいものだろうか。
日本と海外におけるZ世代のメンタルヘルスにまつわる「違い」を比較しながら、私たちは彼らのメンタルヘルスの問題をどう受け止めるべきで、何を憂慮しなければならないのか、ということを考えたい。本稿では、Z世代をとりまくメンタルヘルスとケアの状況、さらに「どのような視座を持たれているのか」というポイントを国内と国外で比較・整理しながら、日本社会が考えるべき問題点を探っていく。
国内・外でのZ世代のメンタルヘルスの現状
まず前提として、日本においてメンタルヘルスの問題はあまり言及されないものの、その実態は非常に差し迫ったものである。警察庁が発表する自殺者数の推移は年々減少傾向にあったが、それでも2万人を割ることはない。特に若者層における自殺問題は深刻で、厚生労働省の調査書(※1)によれば、日本国内では10歳~34歳まで、つまり若年層の死因の第1位が「自殺」であり、半数近くを占めている。
『令和元年版自殺対策白書』より引用
さらに昨年のコロナ禍による影響も甚大だ。つい先日、警察庁による昨年の自殺者数についての確定値が明らかになった。(※2)先述したように減少傾向にあった日本の自殺者数は、21,081人であり、前年と比べて912人(約4.5%)増加。これは11年ぶりのことである。なかでも、年齢階級別にみると20代が最も増加し(19.1%)、19歳以下の未成年においても17.9%増加。自殺率に関しても20代と10代は「大きく上昇」しており、Z世代に該当する世代の自殺は深刻な問題となっていることがうかがえる。
『令和2年中における自殺の状況』より引用
このように、日本のZ世代のメンタルヘルスに対するコロナ禍の影響は、他世代と比較しても大きいものであるといえる。事実、日本精神神経学会は「COVID-19 パンデミックによりメンタルヘルスへの影響が⼤きいと考えられるハイリスク者」の一部として「子ども」と「学生」を挙げている。(※3 )
またニッセイ基礎研究所によれば、(※4 )15歳~19歳の調査対象者のうち約9割が「新型コロナに何らかの不安を抱いている」と回答している。だが、コロナ以降主流となりつつあるインターネット関連のトラブルに対する不安は10%未満であり、彼らの不安の要因はオンライン化する日常の変化そのものではなく、友人と会えないことや受験・就職といったターニングポイント、さらに先の将来についての不安が大きいと考えられている。
一方、海外ではコロナウイルスによって「Z世代」のメンタルヘルスはどのような影響を受けているのだろうか。この疑問点には多くのメディアが注目している。たとえば、Business insiderの記事(※5)では、コロナウイルスを「Z世代が初めて直面する世界的な危機」であるとし、もともと高い不安傾向に、家族に対する心配や借金や住居といった生活の根底への不安といった要因が拍車をかけ、追い詰められつつあると報じられている。
また、クリエイティブプラットフォーム「VSCO」によれば、14歳から24歳までの1,000人の回答者を対象に「コロナ禍をどう乗り切るか」という調査を実施したところ、88%の人が、クリエイティブに自分を表現することで、この時期に不安を感じることが少なくなったと回答したという。(※6)
つまりZ世代は国内外問わず、将来や近親者に対して大きな不安を抱く一方で、オンライン化する社会には適応している。さらに、海外ではオンライン上でクリエイティブな活動を始めることでパンデミックによる不安を乗り越えようとする、一種のポジティブな思考転換がなされている。
Z世代特有の傾向と、MHL(メンタルヘルスリテラシー)をめぐって
米国内における心理学の代表的な学術機関である「American Psychological Association (アメリカ心理学会)」による調査報告書『Stress in America 2018』(※7)では、「Z世代のメンタルヘルス」という特集が組まれている。当誌ではZ世代特有の傾向として、社会的課題に積極的に声をあげる世代であるからこそ、発砲事件や性的暴行といったニュースによる影響を受けやすいことが報告されている。
さらに会計事務所のDelloiteによる世界のミレニアル・Z世代を対象とした2020年の調査(※8)によれば、コロナ禍を受けてもなお、不安に感じるトピックスに「気候変動・環境保全」を選択する回答者が最も多かったという。これらの報告を見ると、彼らの社会運動への関心とメンタルヘルスの問題は「気になるからこそ不安になる」という、表裏一体の関係であることがわかる。
『The Deloitte Global Millennial Survey 2020 』より引用
また『Stress in America』ではZ世代の持つもう一つの傾向として、専門家の治療やセラピーを受けたことがあると解答した割合(37%)が、他世代と比べて高いことも報告されている。つまりZ世代は(少なくとも海外調査においては)自身のメンタルヘルスについて敏感であり、なおかつそれをオープンにすることを比較的厭わない世代なのだ。
『Stress in America 2018 』(※7)より引用
仮に精神的な不調状態にあったとき、当事者やその周囲が心の病や不調に対して偏見をもっていたり、誤解をしていたりすると、専門家への相談などの解決手段に至ることができず、気づいたときには既に重症化してしまっていたというケースも起こりうる。ゆえに、自身のメンタルヘルスの状態に敏感であり、専門家からの治療の受診にに抵抗感がないことは重要なマインドだ。こうした心の不調に対する正しい知識を有し、自身や他者に対して適切な対処手段をとることを「メンタルヘルスリテラシー(MHL)」と呼ぶ。Z世代の特徴である自身のメンタルヘルスへの関心の高さは、その一つであるといえるだろう。
この点に関して、国内で2013-2015年におこなわれた大規模なランダムサンプル調査である「世界精神保健日本調査セカンド」(※9)では、自身が専門家を受診したことが友人に知られることを「とても」あるいは「いくらか」恥ずかしいと答えた割合が約 45%であったと報告されている。これは世代を限定しない調査ではあるが、およそ半数の人々が精神疾患を理由に受診することに対してある程度の羞恥心を抱いている、という日本の現状がわかる。また過去の研究(※10)でも、欧米と比較して心の健康に関する受診・相談率が低く、特にうつ病の一般医への受診率はアメリカと顕著な差があることが示されている。
このように、国内においてMHLは全体的に低い傾向にあり、国内のZ世代についても他の年代同様、欧米よりも低水準であることも考えられる。今なお残る心の病気や障害のスティグマを解消し、MHLをいかに人々に浸透させていくか、これは急務の課題である。MHLの向上にはさまざまなアプローチが考えられるが、なかでもZ世代を含む「これからの世代」のメンタルヘルスの状況を改善していくためには、教育分野が担う役割は大きいはずだ。
たとえば、若年層の自殺率の高さが課題であったオーストラリアでは、世界初の全国規模でのMHL教育である「MindMatters」というプロジェクトがおよそ10年前から執り行われている(※11)。 これは国内の中高生のメンタルヘルスとレジリエンス(回復力)養成を目的とした多角的なプロジェクトで、ウェルビーイングの向上やメンタルヘルスに対する教育機関の肯定的な風土形成もその目的に含まれる。この目的のもと指導者や学校組織に対してイベントやウェビナーが継続的に実施され、家族・保健機関と連帯しながらさまざまなサポートが提供される。オンライン上の情報サイト(※12)も非常に充実しており、生徒や保護者、教員のリテラシー向上をさせようという包括性にその特徴があるといえる。
かたや国内では、MHL教育は未だ広まっておらず、あくまで研究の一環として試験的に導入されている程度である。そもそも日本においては、精神疾患についての学習が高校の保健体育の授業において2022年の学習指導要領からようやく、40年ぶりに復活することが決定した段階であり(※13)、MHL教育については他国と比較しても非常に遅れている。
繰り返すが、日本における若年層の自殺数は緊急性の高い問題であるから、教育機関を通じたサポートや学習が不十分な現状を改善していくことが求められている。さらに言えば、MHLは教育を受けた世代だけが持っていればよい、というわけではない。家族・学校・地域社会など、周囲の大人たちも含めて精神疾患に対する正しい知識や対処法を理解し、包括的にメンタルヘルスを向上させていく必要性があるのだ。こうして考えるほどに、やはり日本は立ち遅れていると言わざるを得ない。
さらにおよそ13~24歳であるZ世代が今後高校や大学を卒業し、社会に出ていくことを考慮すると、メンタルヘルスのもう一つの環境要因である労働環境にも、十分な支援体制が必要である。しかし、こちらも国内では不備が目立つ。
厚労省の労働安全衛生についての調査報告書(※14)では、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は59.2%に留まっている。特に企業規模が小さいほど、対策を行っていない割合が高くなる傾向にある。対策の具体的な取り組みとしては「調査票を用いた調査(ストレスチェック)」が最も多く(62.9%)、「メンタルヘルス対策に関する事業所内での相談体制の整備」は42.5%、医療機関や他の外部機関を活用した対策は14~15%といった程度である。定期的なストレスチェックを行うことは効果が認められているものの、直接的な支援までは介入しないというスタンスをとる事業所も多い。
『平成30年労働安全衛生調査』(※14) より引用
若年層であるほど勤務問題が自殺の要因になりやすいことが明らかになっている(※1)にもかかわらず、システムが不十分なせいで自己責任や職場の人間関係頼りにならざるを得ない場面も多く想定される。近年では、労働者のモチベーションや生産性の低下が結果的に企業にとっても不利益になるという認識の流布、また厚労省による「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(※15)などの具体的な指針の提示により、改善傾向にはある。
しかし、例えば企業におけるハラスメント問題ひとつをとっても分かるように、不条理な抑圧や心の不調を「進言しづらい」環境は未だに多く、暗数も見えないままだ。これからZ世代が就職し、その最中に心の不調を感じ取ったときに、事業所が支援できる体制が整っていなければ、問題は深刻化する一方だろう。
メディアによる「Z世代とメンタルヘルス」のとりあげかたからみる懸念点
さて、ここまで挙げてきたリサーチについて、どんなメディアが、どんな切り口で調査をおこなっているか、という点でみると、海外では大衆向けメディアやリサーチ会社、そして学術機関までもが「Z世代」というキーワードで該当世代のメンタルヘルスの諸相を取りまとめているとわかる。「Z世代とメンタルヘルス」の関係性に非常に高い注目が集まっていることがうかがえるだろう。
一方、国内では「Z世代」という言葉を用いたメンタルヘルスリサーチは非常に少ない。国内においては「○○世代」という括りよりも「学生・生徒」「若者」といったカテゴライズを用いて調査される傾向にある。そもそもZ世代という言葉自体が一般化していないことを考えれば当然ともいえるが、日本におけるメンタルヘルスリサーチは、当事者たちが「どのような価値観であるか」ではなく「どのような経済的・社会的状況に置かれているか」という切り口で分類し調査が行われているため、「Z世代」という観点からの調査は非常に稀なのだ。
では、国内で「Z世代とメンタルヘルス」という言葉の組みあわせはどういった場面で用いられるのか。真っ先に思い起こされるのはカルチャーを絡めた話である。
例えば、ビリーアイリッシュが自身のメンタルヘルスの問題を打ち明け、鬱や恐怖症なども包み隠さずにつづった楽曲が同世代の共感を呼んでいることや、BTSが国連で自己開示の重要性を説いたことなど、主に海外アーティストやそのファンコミュニティによる「メンタルヘルスについての呼びかけやアクション」が語られる。もちろん、彼らのアクションはアイコンとして目を見張るものがある。音楽に限らず、創作のもつ力は唯一無二であり、多くの人々の心を支えている。それらについて語った記事を読むことで同世代が勇気づけられることもあるだろうから、その意味では意義のある内容だ。
しかし、国内のZ世代のメンタルヘルスが他世代と比較してどのようなリスクをもつのか、立ち遅れる日本のケアの実態がどれだけ危機的なものか、という視点がメディアで語られる機会はあまりにも少ない。むしろ「Z世代」と「メンタルヘルス」が組み合わさるとき、目新しいものとして海外のアイコニックな事例に収斂してしまうことで、結果的に国内の実態を覆い隠してしまっているのではないだろうか。
さらに懸念すべきなのは、メディアが現状のカルチャー寄りの視座のまま「Z世代」というワードを使えば使うほど、「カルチャーアイコンが積極的な活動をしている」「SNSを通じて病みやすいナイーブな世代である」「自力で解決しようとアプリを活用している」などの具体性の欠けるイメージが先行し、メンタルヘルスの問題自体が軽視されてしまうことだ。
あるいは「全く新しい価値観を持った世代がもつ新しい課題」といった他人ごとのような解釈も起こりうるかもしれない。だが、そもそもメンタルヘルスという問題は、以前から存在しているにも関わらず長年目を背けられてきたものでもある。ゆえに「新しい課題」として解釈することは、他世代の心の病や障害に苦しむ人々を見過ごすことにもなりかねないし、緊急性が高くケアが不十分という日本の状況を無視してしまっている。
話題性を重視する結果、「Z世代のメンタルヘルス」に対する視座に偏りが生じてしまうと、「社会全体で取り組むべき課題」という意識から、「Z世代個人の問題」へと問題を矮小化しかねない。メディアが「Z世代とメンタルヘルス」をカルチャーやスタートアップの話にひたすらに収斂させることは、結果的にメンタルヘルスの自己責任化を加速させ、問題から目を背ける行為に等しいのではないだろうか。
これから、「Z世代」というワードは日本でもより一層多用されていくだろう。しかし、彼らの社会活動への積極性や主体的な消費傾向を持ち上げ、期待感を募らせる一方で、同世代が抱えるメンタルヘルスという大きな問題が、その実態と切り離されて取り上げられることには警鐘をならしたい。これはある意味、世代がもつ社会的影響力と経済力の社会全体での搾取であるともいえる。悪意のあるなしに関わらず、メディアがそうした作用を持ちうることは多くの人が自覚しておかなければならないし、一度カルチャー寄りの視座から離れて、リアリティのある問題としてとらえ直す必要がある。
これからやってくるZ世代の新しい価値観・活動を持続させ、さらなる次世代へとつなげていくためにも、メンタルヘルスという問題の実態を認識し、政府・教育機関・企業に対して具体的な対策を求めていく必要があるはずだ。
【参考資料・サイト】
※1 令和元年版自殺対策白書 第2章第3節 若年層の自殺をめぐる状況 - 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/r1h-2-3.pdf
※2 令和2年中における自殺の状況 - 厚生労働省自殺対策推進室/警察庁生活安全局生活安全企画課
https://www.mhlw.go.jp/content/R2kakutei-01.pdf
※3 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流⾏下におけるメンタルヘルス対策指針 - 日本神経学会などhttps://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/COVID-19_20200625r.pdf
※4 コロナ禍の10代の不安- ニッセイ基礎研究所
※5 THE STATE OF GEN Z: How the youngest Americans are dealing with a world in crisis and a future that's been put on hold - Business Insider
※6 Gen Z is Redefining Creativity as Wellness during the Pandemic - VSCO press
※7 Stress in America™ Generation Z - American Psychological Association
https://www.apa.org/news/press/releases/stress/2018/stress-gen-z.pdf
※8 The Deloitte Global Millennial Survey 2020 - Deloitte
※9 精神疾患の有病率等に関する大規模疫学調査研究:世界精神保健日本調査セカンド
http://wmhj2.jp/WMHJ2-2016R.pdf
※10 こころの健康についての疫学調査に関する研究
https://www.khj-h.com/wp/wp-content/uploads/2018/05/soukatuhoukoku19.pdf
※11 11.4 MindMatters - Australian Goverment
※12 Be you
※13 「心の病気」学習、高校の保健で約40年ぶり復活 - 日本経済新聞
※14 平成30年労働安全衛生調査(実態調査)- 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/h30-46-50_gaikyo.pdf
※15 職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~ - 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000055195_00002.html
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