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アラビア語通訳とはどんな仕事?

通訳は、国際業務。外国のお客様がいらっしゃったり、こちらから海外に出かけて行ってする、というのが基本です。新型コロナの襲来。それは晴天の霹靂でした。私と私の仲間のほとんどすべてが仕事の機会を失いました。今日は、私達が日常行っている(行っていた!)3つの仕事について偶々書き残していたブログをご紹介しましょう。国際交流・会議はまた復活すると信じていますが、かなり先のことになりそう。それまで耐えられるか!?これはオヤジ(経営者)でもある私の目下の難問です。(太字は、今回の新しい書き込みです。)「global middle east」シリーズ(No. 006)
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ブログ「global middle east」(2012.02.26)
アラビア語通訳の仕事

しばらくご無沙汰しておりましたが、この間、久しぶりに通訳三昧の日々を送っていました。今日はアラビア語通訳の世界がどのようなものか、一部をごく簡単に紹介します。

労働組合の国際連帯事業

私がまだチュニジアで書記官をしていた1992年頃、本省から出張者がやってきて、「労組を訪問したい」と言いました。当時、政府機関やPLOなど、いわゆる政治関係とはパイプがありましたが、はずかしながら労働組合運動については全く無知な私でした。まあ、外務省全体もそうでしたし、今も「関係ない、連合・民主党はウザい」などと思っている人が99%でしょう(笑)。(この時、民主党は政権党でした。民意で政権交代が成ったことを私は誇りに思っていて、こんな強い言葉を使いました。)

それが、生まれたばかりの連合の国際連帯組織・国際労働財団(JILAF)と私の最初の接点でした。チュニスにあるUGTT/チュニジア労働者総同盟の本部を出張者と一緒に訪問して、日本での研修への参加意図を打診しました。その後帰国して独立する私が、毎年欠かさずこの研修とお付き合いすることになるとは、思ってもみませんでした。

アラブの多くの組合若手幹部が招かれ、日本の高度成長を支えた日本的、民主的労働運動の精神を学び、巣立って行きました。私もこの間、20回以上彼らとお付き合いしたことになります。2月10日、JILAF研修会議室で開かれた労働事情を聞く会で、モロッコUMTの代表は、「最近の全国大会で選出された書記長(労組トップ)はJILAF研修の卒業生であり、日本で学べたことを誇りに思っている。私も、将来は書記長になれるよう頑張りたい」と述べて大きな拍手を浴びました。

20年の歳月があっという間に過ぎましたが、この間アラブ諸国は社会主義イデオロギーに基づく労働運動から、民主的原則に基づく労働者の生活重視の運動へと進化を遂げました。これに失敗したエジプトはイスラム過激主義の恐怖と闘っています。組合活動にある程度、力のあるチュニジアは、同じイスラム過激主義政権と言っても、安心して見ることができます。

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東京駅にて。新幹線初乗車に期待高まるアルジェリア労組幹部(2月11日)

研修では、日本の労働組合活動と法社会制度、生産性運動などを学び、平和なくして労働者の幸福なし、という大原則に基づき、広島を訪問して連合の平和運動を学ぶ、というプログラムが必ず組まれています。また、地方を訪問して日本の田舎でも組合活動が充実していることを実感して帰ります。今年は偶々小生の出身地の組合である連合香川を訪問しましたので、参加者とともにさぬきうどんをすする得難い経験をしました。弊社の仏語、アラビア語通訳者はこの研修の全通訳・エスコートを担当しています。

①UGTT/チュニジア労働者総同盟は、アラブの春で大きな役割を果たすことになります。現在、唯一民主化が成功していると言えるチュニジア。イスラム政党の「エンナハダ」が議会で多数を持っていますが、神権政治にはなりませんでした。この国の漸進的な政権移譲を保障したのが、UGTTが強い役割を果たした「国民対話カルテット」です。2015年にノーベル平和賞を受賞しました。

②研修の座学は、「会議逐次通訳」で行います。講師の講話を、少しづつ区切って通訳します。質疑応答は、講師、受講者それぞれが文化的背景を引き摺って対話しますので、お互いに分かり合えるためには、両方の文化・思考回路に通じていることが肝心です。旅行に同行して説明案内を行う業務は「エスコート通訳」と呼んでいます。全国通訳案内士さんの行う観光ガイド業務に似ています。

技術的な国際会議(会議同時通訳)

この後、休む暇もなく待ち構えていたのはお台場の国際展示会議場で開かれた海外水インフラPPP評議会における会議同時通訳の業務でした。

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有明の国際会議場内同通ブースにて(2月16日)

PPPとは、Public Private Partnership すなわち官民協力のことだそうです。次々新しい造語がありますので勉強に終わりがありません。会議では、英、日、アラの3カ国語間の同時通訳を行いました。パートナーのMMさんは米国で最近博士過程と博士号を修了されておりますし、私も拙いながら、英語-アラビア語間の通訳の方が簡単に感じられる場面もあるのです。きれいな英語をアラビア語に同通していくことは、語順が大体一致するので機械的に気持ちよくできるのです。しかし、技術用語がどの話者にも英語で認識されており、それを言わなければ通じないのに、それを日本語で発言されてアラビア語に訳す、あるいはその逆をする、というのはほとんど無茶、といって良い要求です。

マルチ言語の同時通訳会議では、「リレー通訳」という手法が用いられます。つまり、英語の発言は日英通訳者が日本語に訳し、それを聞いた日アラ通訳者がアラビア語に訳す、という具合に2人の通訳者を介する方法です。しかし、この会議では、その方法をとらず、英語発言は日英通訳者によって日本語になる一方、われわれも英語をそのまま聞いてアラビア語に訳した、という次第です。このようなケースは珍しいことです。

会議では、参加したカタールの公共事業庁幹部への、日本参加団体側からの積極的なアプローチが看取されました。2月初旬に開かれた日・サウジアラビア・ビジネス会議も同様でしたが、最近の湾岸とのビジネス会議では日本側の熱意が感じられます。

「サウジに進出しませんか?」「それは冗談を言っているのですか、それとも喧嘩を売っているのですか!?」といった会話が聞かれたひと昔前とは全く違う風景が展開しています。

知財(IP)保護という新分野

その後に待ち構えていたのは、2009年に初めてご発注を頂いて以来、小生が強い関心を持っている「知的財産権保護」に関する仕事でした。読者はご承知と思いますが、知的財産権には著作権、特許権、商標権、意匠権などがありますが、中東世界との関係で言うと、主に商標権侵害として捉えることのできる「模倣品・海賊品」の取締りが、もうかなり前からのことですが、重要な課題となっています。

つまり、中国で大量に作られる模倣品がドバイを経由して中東全域へ、そして全世界へと流通している問題です。2009年、私はこの問題を現地関係者と協議、調査する官民合同ミッションに同行しました。その関連の記事はこのブログの一番最初にあります。
偽装と市場監視(現代に活きるイスラムの智慧」として再掲

今年は、ドバイ税関長と現場で対策にあたっている責任者からなる代表団を日本側が招待し、権利者(日本の主要企業)との協議や関係官庁・企業訪問が行われました。

この一連の通訳業務においても英語とアラビア語は闘うこととなりました。一般にドバイや湾岸の高官は英語による教育を受けており、アラビア語正則語(フスハー)で話すより、英語で話すことを好む傾向にあるからです。メインスピーカーのドバイ税関長はJAFZA*長官も経験したドバイ首長国の高官です。米国で大学教育を終えていることもあって、初日のセミナーでのプリゼンは英語を選びました。つまり、会議は日英同時通訳で行われ、私は横で眺めていたのです。しかし、2日目の権利者との協議会では、より精緻な議論がしたい、ということで小生の通訳による日・アラビア語の協議となりました。

結果は、どうやら小生の勝利であったようです。協議会終了直後、初日から参加されている人々やドバイ側からも、笑顔と感謝のことばをいただけたからです。(勝利とはおこがましいですが、2日目の方が相互によく理解できて良かったということ。)

一般に、労働組合の話もそうなのですが、業界にはそれぞれ特殊な用語、論理があり、発言者はそれをいちいち説明したりはしません。通訳者が門外漢の場合(ふつうはそうです)は、まるで暗号符牒で会話されているように聞こえます。それを日英といった、語順の遠い言語間で同通するのは、現実的には不可能に近いのです。(日・アラも同じことですが。)

政府関係の予算での訪日でしたから、贅沢もなく、遊びもないタイトなスケジュールでしたが、これまで何十回と訪日しているというアフマド税関長に初めて京都を訪れていただけ、不順であった気候の中晴天に恵まれたのはよかったと思います。初訪日の中堅幹部らも喜んでお帰りになりました。

*JAFZA=ジュベル・アリ自由貿易加工区。ドバイに隣接する一大中継貿易拠点

知財は英語の世界ではないか?と思われる方もおられるでしょう。ところがそれがそうでもないのです。権利の保護はすべて国内法でなされるわけですから、それはすべてアラビア語です。執行官(警察、税関など)への説明も英語では通じず、アラビア語を使う必要があります。私は水を得た魚のようにこの仕事にのめり込みました。

今日ご紹介した3つの仕事は、どれも人の国際的な往来を必要とする仕事であり、コロナ禍の現在、止まっています。弊社には放送通訳や翻訳研究分野、そして映像部がありますので、交流の再開を待ちながら、影響を受けない業務を発展させていきたいと考えています。皆様のご指導とご支援をよろしくお願い申し上げます。
ドローン撮影のエリコ通信社

「global middle east」シリーズ 
小職はメールマガジン、後にブログとして業務上考えたことを、このタイトルで発信していました。還暦を迎えましたので、自己紹介がてら、今日的になお価値があると思われる記事をここにコメント付きで再掲載しようと思います。旧記事は原則そのままに、最低限の誤字脱字、言い回しの改善を行いました。

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