親密(解説)

 何とかこの短編小説「親密」を書き終えることができました(とりあえず拍手)。
 まず最初にこの小説の元ネタが何なのか事前に分かった方々に一言言わせてください。「ゴイゴイスー!」(「凄い!」の関西弁。)「ゴイゴイスー」の称号を差し上げます。

 ということでこの短編小説の元ネタはフランスの作家のジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre)が1938年に出版した短編集『壁(Le mur)』の中に収録されている「親密(Intimité)」(旧題:水いらず)の新訳でした(『Le mur』 Jean-Paul Sartre, Éditions Gallimard, 1939)。初出は1938年のN・R・F誌の8,9月号に連載された後に『壁』に収録されたそうです(『水いらず』新潮文庫のあとがき)。
 邦訳はウィキペディアに拠るならば、1946年に世界文化社から『水いらず・壁』として最初に出版され、1950年に人文書院の『サルトル全集』の第五巻に「短篇集」として収録され、1971年に『水いらず』として新潮文庫に入り、2004年に改版されています。
 翻訳者は吉村道夫さんだと思いますが、「某氏の手になるものであったが、今回は種々の事情により校訂者たる私の名前で発表することになった。」(新潮文庫のあとがき)ということで伊吹武彦さんになっています。つまり今日に至るまでにずっと同じ翻訳で一度も訳し直されていないのです。

 因みに筆者は普通の公立高校を卒業した後に、御茶ノ水にある語学学校でフランス語を嗜んだレベルで全くアカデミズムとは無縁で、もちろん『存在と無』や『弁証法的理性批判』など訳せるはずはないものの、小説程度ならば訳せると思って今回頑張ってみました(笑)。

 基本的にはサルトルが書いている通りに訳してみましたが、改めて訳を読んでみて(個人的に)どうしても日本語として違和感があった場合のみ微妙に修正しました。そういうことなので翻訳の精確性はかなり心もとないですが、かなり読みやすくはなっていると思います。

 新訳を試みる過程で思ったことは、旧訳はどうも「完成稿」というよりも「下訳」のような感じで、これはあくまでも個人的な感想ですが、「水いらず」は溢れ出る才能を持て余したサルトルが手慰みで書いた「ポルノ小説」というような扱いだったのではないでしょうか。

 しかし今回改めて読んでみるならば「親密」は今問題になっているLGBTQをテーマにした最初の小説の内の一篇として再発見されるのではないでしょうか。問題は性を巡る、主人公のルルと夫のアンリの関係だけではなく、ルルと恋人のピエールとの関係、ルルと友人のリレットとの関係、そしてルルと弟のロベールとの関係など多岐に亘っています。だから新訳はとかく夫婦間で使われる「水いらず」ではなく「親密」というタイトルに変更しました。これ以上の説明は敢えて控えて残りの解釈は読者に委ねたいと思います(とは言っても翻訳すること自体訳者の解釈が深く紛れ込んでしまっていますが)。

 ところでこの小説を(1)から最終回の(20)まで通して読んでくれた読者は、手元にあるデータで予想するならば10人前後かと思われますが、少なくともその500倍はないと、文庫化どころか電子書籍化も無理で、これでは生計が成り立たないので、残りの短編「壁(Le mur)」、「部屋(La chambre)」、「エロストラート(Erostrate)」、「一指導者の幼年時代(L'enfance d'un chef)」はサルトルを専門に研究している大学の先生に託したいと思います。大学の先生ならば生活費の心配をすることなくやる気があればできると思います。

 三ヵ月という短い間でしたけれど、ここまで読んでいただいてありがとうございました。バイバ~イ!