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【追悼】西村京太郎の思い出

本日の昼過ぎ、推理小説家の西村京太郎さんが、3日前に亡くなられていたことが公表された。

(以下、敬称略)

「十津川警部シリーズ」などテレビのサスペンスドラマで名前を聞いたことある人も多いだろう。2年前に、90歳を迎えた西村京太郎だが、この歳になっても尚、作品を執筆・出版し続けていた。ほぼ毎月のペースで出版を重ね、著作数は680冊超え。先月も、高知県を走る特急『あしずり』を舞台にした作品を出している。

そんな西村京太郎の作品であるが、私は中学、高専の頃とよく愛読していた。私が通っていた中学校では、朝のホームルーム(所謂「朝の会」)と最初の授業の10分か20分かそれぐらいのインターバルで「朝読の時間」と題して、クラス全員がそれぞれ持参した本を黙々と読むという毎日のルーティンがあった。だが、私はそれまで活字の本を読む習慣がなかった為、読む本の選定に悩んだ。この頃、プロ野球をよく見ていたので、野村克也の『負けに不思議の負けなし』という本を最初は読んでいた。だが、読書習慣の欠如によるものなのか読解力が乏しく、何か月経ってもなかなかページが進まなかった。そんな折、近所の書店をブラブラしている時に、文庫本コーナーで目に入ったのが、表紙に電車の写真が写った数多くの西村京太郎の推理小説だった。当時から鉄道は好きだったし、「推理小説読んでる俺ってかっこよくね?」という典型的な中学男子的発想でこの時初めて西村京太郎の作品を購入した。確か、『ひかり62号の殺意』だったと記憶している。

これを学校に持って行って「朝読の時間」に読んだ。この時、読んだ本を紙に書いて記録する、みたいな奴があったのだが、そこに"ひかり62号の殺意"と記入した当時の私…。
で、西村京太郎の作品を読んで感じたのが、めちゃくちゃ読みやすくて面白い。純文学みたいな、深く楽しむ為に高度な読解力や教養が要るものとは違って、サクッと気楽に読めた。推理小説という続きが気になる形式な為、ページがよく進んだ。これを機に、私は西村京太郎の作品をちょくちょく買って読んでいた。私が小学校低学年ぐらいの頃に相次いで廃止され、結局乗ることのできなかったブルートレインという憧れの場所で起こる殺人事件が描かれた作品にワクワクした。マンガと読書感想文の課題図書を除いて、私が中学の頃に読んだ本と言えば本当に西村京太郎ぐらいだった。
その後、高専に進学した後は、学内に割と規模の大きい図書館があったので、その蔵書の西村京太郎作品を色々借りて読んだ。結構楽しかった中学時代とは打って変わり、友達がなかなかできずに図書館で1人で居ることの多かった高専時代であったが、そんな時間を西村京太郎作品の読書で埋めていたりしていた。
そういう感じで、私の学生時代、西村京太郎の作品は本当によく読んだ。そして、その読書体験は非常に面白くて楽しいものだった。就職して社会人になりアラサーと呼ばれる差し掛かったこの段階で突如始めた北海道一周四国一周といった鉄道旅。今思うと、これも西村京太郎作品の読書経験が影響しているのかなと感じたりもしている。嬉しいことも、あんまり嬉しくないことも色々あった学生時代を共に過ごした西村京太郎作品は私のアイデンティティを形成する上での大きなピースとなっているようだ。西村京太郎は、間違いなく私が最も影響を受けた作家である。そんな人が亡くなった。大きな影響を受けた人が亡くなるという体験もまた人生の1つであるのだろう。私もそういう年齢になったということだ。

2年半ほど前、湯河原にある西村京太郎記念館を訪れた。

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タイミングが合わず、生の西村京太郎とお会いすることは叶わなかったが、そこの喫茶コーナーで西村京太郎が大好きだという炭焼きコーヒーを頂き、そこの売店で売られていたサイン本を購入した。ご存命のうちに訪問できて良かったと思っている。そして、その時購入したサイン本は、私にとってとても大切なものである。電子書籍の時代であるが、このサイン本は大事に取くつもりだ。

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西村京太郎は、日本におけるトラベルミステリーの第一人者であったと思う。村上春樹など、文学界の巨匠という感じとは異なる気がするが、誰もが親しみ持って気楽に読める作品を数多く生み出した西村京太郎もまた、日本の文学界に多大なる貢献をしたと思う。
そして、私の数多くの楽しくて面白い読書体験を提供して下さりありがとうございました!数多くの西村京太郎作品は今後の人生でじっくり読みます!

西村京太郎さん、ご冥福をお祈り致します。


今回は読点多めな文体にしました。西村京太郎さんへのリスペクトの意味も込めて。


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