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《カジノのホール》の香りを妄想する

 いつの時代も社交場にはさまざまな人が集うもの。
元々は貴族のための場だったものが、近代以降にはブルジョワの人々も出入りしはじめる。やはりそれに連れて、その中の人間関係は複雑になって行ったようだ。それが夜のカジノともなれば一体どんな魑魅魍魎まで紛れ込んでいたことやら……と、ついサスペンスドラマのような妄想をしてしまう。
例えば女相手の詐欺師、身分を偽って潜り込んだ女、澄ました顔をして狡猾なやり手の御婦人……


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【ジョルジュ=バルビエのイラストレーション】


今回妄想する作品はこれ。
キース=ヴァン・ドンゲン作 《カジノのホール》
1920年 油彩 カンヴァス 73 x 54.3
国立西洋美術館 蔵

画面の中には着飾った人々が無造作な風に画面に配置されている。それらはグレーのトーンでまとめられ、左上や右下に入った黒と共にこの絵をグッとモダンでやや緊張感の漂う印象に仕上げている。(床や壁が室内灯のあかりを思わせるような暖かい色だったら、どんなにかイメージが変わるだろう。)勝負事に沸く場から離脱してひと時くつろぐ気怠さや、疲労感を滲ませる事にも成功しているように感じられる。

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女性たちは流行のドレスとキラキラ光を反射するジュエリー、ハイライトからしておそらくは豪華に織られたサテンや、ファーやパールに彩られている。髪型がボブの人もいて、まさに時代の最先端
この人々の間をすり抜けて、自分もちょっとカクテルの一杯でも飲みに行こうか。
……その時一体どんな香りがするだろう。
この絵の制作年は1920年。コティ、キャロン、ランバン、ジャンパトゥ、そしてゲランにシャネル等、現代にも続くメーカーから世界初の新しい香りが次々と生み出されていた時代。それらは恐らく羨望のまなざしを集めたい人々の武装のひとつでもあって、 “そうと気付かせるように” たっぷり纏い、人肌で温まった香料が肌とドレスの隙間やジャケット越しに濃く香り立っただろう。

―そんな妄想を踏まえて。
《カジノのホール》で香水を作るなら
トップは中央右の男性の姿にフォーカス、古典的な香水の常としてビターオレンジとレモンの苦みもあるシトラスノート

ミドルは周囲の女性たちの衣擦れやおしゃべり、宝飾品の煌めき。少しの倦怠や牽制も入れたいし、豪華な花々をグレートーンのモダンさと冷ややかさで引き締めたい。なんとなく定番のローズは封印かな。
場面は夜なので、濃いジャスミンをカーネーションで古典の雰囲気に寄せたい。ミドルの時点でベチバーをたっぷり使って苦みと輪郭を増し、イランイランでラストへと繋ぐ。

ラストは、この何気ない社交のシーンに行き交う人々の『その実』を妄想しながら。接近し合う肌の気配はやわらかいムスク
皆顔だけは平然としているだろうけれど、負けが込んだ人もいるのかもしれないし、ライバルにマウンティングされて怒り心頭の人もいるかも知れない。華やかな雰囲気の端々に凝る 濁り を香りで表したい。重厚な甘さのシベットにレザーをガツンと効かせ、煙たさと苦みのミルラを強めに。

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パッケージはアール=デコらしく
長方体に溝の入ったような厚めのガラスをうっすら黒で着色したもの。
液色は淡いラベンダーでワントーンの仕上がりに。

《Salle de Casino》Eau de Parfum
波乱を秘めたモダンシプレの香り


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