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春嵐

生まれて初めての彼女ができた。

彼女と出会ったのは、上京したその日。バスタ新宿のエスカレーターで転びそうになった彼女を助けたのは、まだ寒い三月初旬だった。
その彼女が同じ大学の先輩だとわかった時は、運命だと思った。
彼女の名はハルカ、僕はハルキ。名前までぴったりで、運命というやつには、全く舌を巻く。

彼女は春風のようだ。いい匂いがして、柔らかくて、おっとりと優しい。頑張って勉強して良かった、東京に来て良かった。女神に逢えたのだ。僕は有頂天だった。
彼女が、彼と続いていることを知るまでは。

取り乱したり、言い訳したり、なんなら逆ギレでもしてくれた方が、よほど良かった。「だって、二年も付き合ってたんだよ。別れられるわけないじゃない!」とか言って。
確かに、別れたとは聞いていない。でもあんな毎日を過ごしてたら、別れてると思うに決まってるだろ?

僕がそのことを指摘すると、いつもの屈託のない笑顔で、彼女は言った。
「ハルくんのことも、大好きだよ」

ぞくりとするほど美しい、彼女。
「…春風じゃなくて、春の嵐じゃないか」

生ぬるい風に吹き上げられて、桜の花びらが舞っていた。桜はもうほとんど散っている。

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