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「808」第1話

【あらすじ】 小学生の時に「彼」が手渡してくれた心温まるメッセージにより、人生が変わり出した「僕」。 十数年後、思わぬ所で「彼」を見かけることになるのだが、その時には「彼」もまた大きな変化を遂げていた。 【本編】 あの頃の僕に友達がいなかったのは、たぶん、耳のせいだけじゃない。物事と他人の嫌な面ばかり探していたからなのだと、今ならわかる。 オオネくんというその少年は、五年生の夏休み明けに転校してきた。 不潔という程ではないが、襟の辺りがなんだかヨレヨレした、くたびれた

    • 「808」第2話

      その時、オオネくんがそっと近寄ってきた。 さっき配られた「学年だより」を、手に握りしめている。そして、僕の前に差し出す。プリントの端には、 「808-11」 1がひどく傾いた、癖のある字で書かれていた。 「797⋯泣くな、か。ありがとう」 僕がそう言うと、彼は寂しそうな笑みを浮かべた。 次の朝、彼はまた転校したと担任が僕らに告げた。 彼はいなくなったけれど、その日から僕は変わった。 親には、補聴器を無くしたこと、でも自分から同級生に喧嘩をふっかけるようなことをしたので、大

      • お祖母ちゃん子

        「この家の中に、左利きの人間はあなたしかいないんですよ」 そう言われた父は、全てを悟ったように、がっくりとうなだれた。 父母、私、妹、そして殺された祖母。 祖母は生涯お嬢様だった。商家の三姉妹の末っ子で、幼い頃から全てを思いのままにしてきたような、放埓な女性だった。外商の人は家まで来てくれるけど、実際にぶらぶら見て歩くのが一番楽しいのよとよく言っていた。デパートで、当時は珍しかったナタデココの巨大な瓶詰を買ってきたこともある。こんな量を買って食べきれるのかどうかなんて、そ

        • エンドオブザワールド

          11時ちょうど、デパートの屋上に着くと、すでに剛が待っていた。 私に気が付くと、振り向いて、口の端で笑う。姿勢が悪い痩躯、右手に下げたブランドのモノグラム柄ボストン。帰省のたびにこのバッグを持っているけれど、あんまり趣味が良くないな、と思う。 「ありがとね」 そう言って私は、五千円札を手渡す。 「いつでも良かったのに」 「忘れちゃうといけないから」 「健司と仲直りしたの?」 剛は、いつも絶妙なタイミングで声をかけてくる。私がイラッとせず、本音を思わずこぼしてしまうような控

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        「808」第1話

          つや

          祖母が骨になった。 骨壺、遺影、位牌をそれぞれ胸に抱え、三きょうだいが歩いて行く。伯父と母は三つ違い、母と叔父とは四つ違い。そのそれぞれの間に一人ずつ、生むことを許されなかった子供がいるらしい。「間引かれなかった子供達」。不意にそんな言葉が頭に浮かぶ。間引かれた命とそうでなかった命の間に、当然ながら差などなく、ただタイミングが運命を分けただけだ。 祖父は典型的な亭主関白、よくいる昭和の親父で、生涯祖母に靴下を履かせてもらい、自身ではお茶の一つも淹れることなく、六年前に九十歳の

          春嵐

          生まれて初めての彼女ができた。 彼女と出会ったのは、上京したその日。バスタ新宿のエスカレーターで転びそうになった彼女を助けたのは、まだ寒い三月初旬だった。 その彼女が同じ大学の先輩だとわかった時は、運命だと思った。 彼女の名はハルカ、僕はハルキ。名前までぴったりで、運命というやつには、全く舌を巻く。 彼女は春風のようだ。いい匂いがして、柔らかくて、おっとりと優しい。頑張って勉強して良かった、東京に来て良かった。女神に逢えたのだ。僕は有頂天だった。 彼女が、彼と続いているこ