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ツメがあまかったのは誰だ?

さて、何度もいうことでもないけれど、漫画「チェンソーマン」に夢中なぼく。

前回、チェンソーマンがアニメ化してからグッズがいろいろ出始めているという話をした。そして40年ぶりにガチャガチャをした記事を書いた。

実を言うと、このとき書かなかったのだけど、もうひとつ気になるものがあった。それが、

「UFOキャッチャー」

ご存じだとは思うが、ゲームセンターにあったクレーンゲームは今ではずいぶん進化して、景品も多種多様になった。

そしてここにきて「チェンソーマン」も景品に加わった。ぼくが目を付けたのはこちら。

これほしさに、久々にゲームコーナーを訪れた。



ちなみにぼくはこのUFOキャッチャー、全然得意でない。子供が小さい頃、取ってくれとせがむものだから何回か試したけれど、全然捕れなかった哀しい記憶がある(今、蘇ってきた!)。

その頃を思い出してみると、ふとあることに思い至った。

それはちかくのショッピングモール内にあるUFOキャッチャーコーナーの一角。そこには小さなこどもが遊べる無料コーナー(滑り台とかありました)が隣接されていたので、子供たちを遊ばせているときにぼんやりとUFOキャッチャーコーナーを眺めていると、店員さんらしきお姉さんがUFOキャッチャーを操作し始めた。

「店員だから無料でUFOキャッチャーをやってんの?」と思ったが、どうやらそうではなさそうだ。しきりに何度もアームの操作を繰り返している。
そこでしばらくしてようやく気が付いた。

店員のお姉さんはUFOキャッチャーのアームの強弱を調整していたのだ!!


なるほど、そうかとおもった。100円で簡単に景品が取れては商売あがったりだ。かといって、全然捕れないようだと、お客さんも来てくれない。というわけで、とれるかとれないかの微調整をする必要があり、それを店員さんは行っていたのだ。

昔、パチンコが釘だったころに釘師がいたように(すいません、パチンコいかないので、今はどうなのかわかりませぬ)、微妙な調整がUFOキャッチャーにも必要なのだろう。

どうりでぼくのような素人が挑戦しても、捕れるようで捕れなかったわけだ。それを見て、もう二度とUFOキャッチャーはやめとこうとこころに決めた。


あれから20数年。

しかし、今回はなんといってもぼくの愛する「チェンソーマン」である。ここで引き下がっては男が廃るというものだ(それほどのものでもないだろう!)。

ゲームコーナーを訪れたぼくはまず、チェンソーマンの景品を探した。するとあるある。同じ景品が3か所にあり、3か所とも微妙にクレーンのツメが異なっていた。今はそうなっているのか、と進化していたクレーンゲームをしげしげと眺めていた。しばらくすると、その一つのクレーンゲームに挑戦している親子に気付いた。

その親子、お父さんとお母さんはぼくと同じくらいの年代に見えたから40~50代であろうか。娘さんを連れており、その娘さんは小さなベビーカーを引いていた。その親子がぼくが狙っているチェンソーマンの景品を捕ろうとしていた。御同輩というやつだ。

ぼくもここ何年(約20年)もUFOキャッチャーをやっていなかったので、さっそくその親子の挑戦をお手並み拝見とばかりに見学することにした。

するとやはりなかなかに目的の景品は捕れそうで捕れない。どんどん両替を続ける親子。

これは、かなり本気だな、と見た。

そして、クレーンゲームの景品を捕るときはこれほどにお金をつぎ込まねばならないのかと驚いた。

ぼくは今までせいぜい一つの景品を捕ろうとするとき数百円どまりだった。最高でも500円使ったであろうか。それではぜんぜん足りなかったのだ。お前の本気度はその程度のものだったのかと教えられているような気がした。

既にその親子は数千円を使っているのである。時間もどんどん過ぎていく。だんだんこちらまで焦ってくる。

本当にその景品は捕れるのか?

そんな疑問が頭から消えない。そこの店員のお姉さんが、とんでもなく意地悪な方で(すいません)、絶対捕れないようにクレーンのツメを甘くしているに違いない。

その親子もすでに意地である。そりゃそうだ、そこまでお金をつぎ込んで捕れなかったら、その徒労感や半端なものではない。お父さんの威信にかけてどうしてもそれは捕らなければならないのだ。

そこからまた数十分。お父さんにも気のせいか疲れが見えだした。かすかに額にも嫌な汗が浮かんできた。

すでに1万円近くつぎ込んでいる(ぼく確認です)。

クレーンゲームとはここまでお金をつぎ込まないといけないものなのか!?

とてもぼくごときが挑戦するようなものではなかったのだ。

これはお父さんと店員のお姉さん(かは知らないが)との意地と意地のぶつかり合いなのだ!!



出雲神話に因幡の白兎の話が出てくる。

隠岐にいたうさぎはなんとか因幡に渡りたいがために、わにたちをだまして隠岐から因幡まで並ばせてその背を橋代わりに渡ろうとする。しかし、最後のところで、うさぎはそのたくらみをわににしゃべってしまい、最後はわにたちに皮をはがされてしまう。

そこに通りかかった八十神たち。彼らは因幡の八上比売(やかみひめ
)に求婚に行く最中だった。皮を剥がされたウサギを見て、八十神達は「海水を浴びて風の吹くのにあたっているとよい」といった。その通りにするとよけい傷んで、うさぎは泣きふしていた。

そこに八十神達の荷物を持って通りかかった従者・大国主命がうさぎに良い治療方法を教えて、うさぎがそのとおりにすると皮は元通りに治った。

そこでうさぎは「八十神達は因幡の八上比売(やかみひめ)に求婚に行くけれど、選ばれるのは大国主さん、あなたです」と予言する。その予言の通り、八上比売(やかみひめ)は八十神の求婚をすべて断り、大国主命との結婚を宣言した。

この因幡の白兎伝説が大国主命を心優しい神様にしている要因の一つであることは間違いないだろう。しかし、本当にそうだろうか。

もともとこの伝説は白兎が悪知恵を働かせたことが原因になっている。その悪知恵も最後の最後で失敗する。

では、なぜウサギは最後の最後に自分からそのたくらみをしゃべってしまったのか。話によると、あとワニ1匹を残すのみだったのである。そこは渡り切ってからせめてしゃべろうよと思うのが普通ではなかろうか。

きっと、UFOキャッチャーの店員のお姉さんだったらこう思ったに違いない。


ツメが甘いな!




因幡のウサギはその後、伝説になり鳥取の白兎神社に祀られている。




ぼくはさすがにそのUFOキャッチャー親子に付き合うのにも疲れてきたので、退散しようとした。そのときである。


ゴトリッ!!


ぼくの背中からは歓喜の声が上がった。その声は振り返らずとも、誰のものだったかは明らかである。

ぼくはこころの中で、



「ゴーーーーーーーーーーーーーーール!!」


と叫んだ。

そのこころの叫びは、ワールドカップの日本代表がドイツ戦とスペイン戦でゴールを決めたときのように夜空にいつまでもこだましていた (終)





結局、お前は捕れてねーじゃん!!(by ヒトコトヌシ)



今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。

よかったら白兎神社にもいらしてください。

ウサギは今度こそはとツメを研いでいるのに違いありません。

それではお待ちしています♪



こちらでは出雲神話から青銅器の使い方を考えています。
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