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この国の逞しさについて

太陽がある限り、光と影が存在するように、物事には必ず2つの側面が存在する。2つの側面が織りなすものを人は「歴史」と呼ぶ

 稲佐の浜は出雲大社から西に約1kmいったところにある砂浜のことである。もちろん、ご存じのとおり、神話上重要な舞台でもある。ここで有名な「国譲り」が行われたと伝えられている。稲佐の浜は、国譲りの時に「国を譲るか、否か、諾(肯定)か」と迫ったことに由来するという。


 写真の真ん中に映っているのが、弁天島である。弁天島は、写真のように今では歩いて渡れるが、昔は砂がこれほどまでに多くはなく、したがってもっと沖合にあったという。夏には海水浴客でにぎわうが、弁天島付近は海流が渦巻くので、足をすくわれて溺れる人も少なくない。

 夏場でなければ、静かなもので、人もまばらで閑散としている。だから、この場所で神話の舞台である「国譲り」が行われたと思うと不思議な気持ちになる。いったいこの地で何が起こったのだろうか。

 そうそう、夏場以外は閑散としていると書いたけど、冬にもう一度大勢の人たちが集まるときがある。神在祭である。

 昔は厳かに地元の人たちで行われていたのだけど、近年は観光化でたくさんの人々が訪れ大いににぎわう。ここ数年は静かだけれど。

 神在祭は日本中の神様達が集まる祭祀である。しかし、同じ場所で「国譲り」も行われていたとなると、いったいどのような気持ちで臨めばいいのだろう。

 この2つのことを並列に置いて眺めると、この稲佐の浜も別の趣をもっていることに気が付く。それはこの国の持つ逞しさなのかもしれない、と思ったりする。

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こちらでは出雲神話から青銅器の使い方を考えています。

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