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感想:雪の夜は小さなホテルで謎解きを

 月曜日にヨドバシで母に渡すCDラジカセを買った帰り、千葉駅ビル内のくまざわ書店で「なにか創元の海外ミステリーを買おう」と物色して、選んだ本がこれだった。
 少し前に『休日はコーヒーショップで謎解きを』というのを読んだので、似たようなタイトルだという思いから、「いかにもな海外ミステリーかな?」という漠然とした期待が、買う気にさせた。
 表4のあらすじに「クリスマスの季節に、雪でホテルに閉じこめられた人たちによる謎解き話」とあって、この手のクリスティっぽいベタなシチュエーションって嫌いじゃないんだよね~と思ったのも、読む気になった理由のひとつ。あとから考えると『休日はコーヒーショップ~』よりも前に出ている本だし、原題も『GREENGLASS HOUSE』なので、似た邦題だったのは単に「最近の創元のタイトルの流行り」だったのかもしれない。

 レジまで持っていたときには、そんなぼんやりとした期待を抱いていただけだった。
 ところが……。
 読み始めてしばらくして(具体的には、特に66ページ辺りから)、この本が予想の何倍も私の「好きなもの」に満ちている物語だとわかって大いに興奮した。
 「え? まじで? そうくるの!?」と、小躍りしてしまった。
 いや本当、こういうことがあるから「知らない本との出会いを求めて書店で物色する」ってやつはやめられない。

 まず気づいたのは、最初に思っていたような普通のミステリーではなかったということ。
 謎に満ちた客がシーズンオフの古びたホテル(元は邸宅?)に次々とやってくるところから物語が始まるのだが、殺人事件は起こらない。五人の客は全員が「訳あり」で泊まりに来たっぽい上に、ホテルは雪で閉ざされ、閉鎖空間となるという、まさに殺人事件がおこりそうな状況なのに?
 謎解きをする主人公は、ホテルを経営する夫婦の息子で12歳の少年マイロと、街から来た雇いの調理人についてきた少女メディの二人組。
 密輸人が定宿にしている古いホテル自体が謎の中心のようで、盗難事件や発電機の破壊工作など事件も次々と起こって……と、どこか浮世離れした港町を舞台にした、児童書といって差し支えない読みものだったのだ(でもって私は大好きなんですよ。古臭いミステリーも児童書も、どっちも!)。

 生意気で利発で口達者な女の子、メディの可愛らしいこと!
 養子であることにコンプレックスを持つ人見知りのマイロを、彼女が言葉巧みにロールプレイングゲームに託けて、現実の謎解きへと誘っていくくだり(それが66ページあたり)は、RPG好きにとってたまらなくこそばゆい瞬間だ。「あ~、あるある! そうやって沼に引きずり込むよね」って。
 まったく唐突に、べつにそんなことを期待していなかった物語のなかに、大好物のRPGが出てきたかと思ったら、しかもそれが「アナログTRPGのオリジナルシステム」で、そのゲームに精通している女の子が、主人公の男の子をゲームの世界に引きずり込むお話し……だったのだ。
 これって、ロープレ者ならば、かなり嬉しい不意打ちでしょ。
 そう思って読み始めてないのに、だからね。
 そして、読めば読むほどこのオリジナルTRPG《オッド・トレイル》がやりたくなってくる。
 この作者は、間違いなくTRPGの経験者で、もしかしたらこのオリジナルのシステムも実際に作っているのかもしれない……そんなふうに妄想が膨らんでしまう。
 しかも、マイロくんがメディちゃんに勧められてなった職業は『ブラックジャック』というやつ。まあ要は盗賊ですよ盗賊。私の一番好きなやつ!
  そして、彼はこの役割にはまる。はまりまくる。
 古色蒼然としたホテルを舞台に、謎めいた五人の客を相手に、少年少女のリアルなRPGが始まるというわけで……。
 ねっ? 絶対にTRPG好きにお薦めのお話でしょ?
 それに、今流行りの「マーダーミステリー」好きにもお薦め。五人の客は、それぞれ明らかにマーダーミステリーの担当キャラクターだもの。
 あと、私は経験がないから想像でしか語れないけれど、たぶんLARP好きの人もばっちり楽しめると思う。メディは思いっきりコスプレして謎解きしているし。

 マイロとメディは、《オッド・トレイル》というファンタジーRPGのルールを下地に謎解きを進めていくのだが、読者としては、舞台といいキャラクターといい、どちらかといえばクトゥルフ神話RPGか、ゲームボーイアドバンンスの名作ADG『ウィッシュルーム』か『ラストウィンドウ』のノリなので、まるでRPGの中でRPGをしている二人を見ているような気分になってくる。
 現代っぽいんだけど、登場人物の一人もパソコンもネットもスマートフォンも使わないのが、またいい。そうでないとダメだね。
 二人が、宿泊客たちの正体や謎の地図や盗難事件を解決していくにつれて、ホテルそのもの、「グリングラスハウス」の謎が浮かび上がってくる構成も素晴らしい。
 なにより、《オッド・トレイル》の設定とシステムとが、マイロの成長やストーリー展開に深く関わってくるのがたまらなく良い。
 メディが選んだ職業「注解学者」も、たまたまその直前に読んでいた「ドラゴンボール超」の「天使」の設定とそっくりだったので、私はそっちに気を取られていて、重要な伏線に気づかず読み進み、「やられた! そっちだったか!」と新鮮な驚きを楽しむことができた。
 この注解学者、以前、私がとあるTRPGのセッションで試みた「タイムスクープハンターみたいな異界から来た取材者の立場で、巻き込まれたり助言したりしながらも、基本的には他のPCたちの活躍を取材する」という役回りに似たところがあって、その点でもものすごく惹きつけられた。

 というわけで。
 謎解きがメインのお話だから、そっちに関しては詳しく話せないから触れずに感想を書いたけれど、良いお話でした。

  まったく、ここまでTRPGが絡んでいるのに、どうして内容の紹介部分に一言も書いてないんだろう。あまりにもったいない。
 本書にとっても、TRPG好きの人々にとっても、大きな損失だと思う。

 去年『マイロ・スレイドにうってつけの秘密』という本を読んだときも、D&Dの集まりがお話に深く絡んでくるのを発見して「もっと、このこと宣伝していれば興味を持つ層があるのにな~」って思ったんだが、今回は更にその必要性を感じたよ。

 あれ?
 待てよ……。
 この本の主人公も名前が「マイロ」じゃないか。
 なんだろ、マイロって名前とRPGって、なにか関係があるのか?
 気になる~!


テキストを読んでくださってありがとうございます。 サポートについてですが……。 有料のテキストをご購読頂けるだけで充分ありがたいのです。 ですので、是非そちらをお試しください。よろしくです。 ……とか言って、もしサポート頂けたら、嬉しすぎて小躍りしちゃいますが。