【全文公開】「WDRプロジェクト」落選作品 「極東ライジングスカーレット」15ページ
◯改修工事中のオフィスビル(夜)
コンクリートがむき出しになった200坪ほどのフロア。中央に置かれたパイプ椅子に手足を結束バンドで拘束された高岡(55)が座っている。頭部には奇妙な形状のヘッドギア。項垂れている高岡の足元に置かれた小型スピーカーから人工的な音声がフロアに響いている。
人工音声「Question.41、空を飛ぶ夢を見る」
高岡「…いいえ」
人工音声「Question.42、銀行員に最も必要な資質は協調性である」
高岡「…いいえ」
人工音声「Question.43、肉の中では羊肉が一番好きだ」
高岡「…いいえ」
フロアの後方で腕を組んで立ち、尋問の様子を見ている加納礼司(38)。
その傍らには改修用の資材で組んだ簡易的な机と椅子があり、インカムを装着した内田(30)が高岡の背中に時折目を向けながら、ノートパソコンのキーボードを叩いている。
画面には心電図のような波形が表示されており、それぞれの問いに対しての高岡の返答が〝True〟と〝Lie〟の間を大きく行き来している。
人工音声「Question.44、実は愛人がいる」
高岡「(少し動揺して)…いいえ」
人工音声「Question.45、実は錦糸町のマンションに若い愛人を囲っている」
高岡「…………」
沈黙。しばしの間。
高岡「(イラついて)…何やこの質問……だからもう調べてんのやろ?!俺のことを…!?よぉ!!」
項垂れていた顔を上げ、前方の三脚に据え置かれた小型カメラのレンズを睨み付ける高岡。
高岡「…何を確認したいん何を…いまさらポリグラフとか…」
ノートパソコンに接続されたUSBマイクを手に取り、高岡に話しかける内田。ボイスチェンジャーを通した声がミニスピーカーから出力される。
内田「(増幅された声で)高岡さん、いまアメリカで使われている従来のポリグラフの精度ってご存知ですか?」
高岡「(独り言のように)…参考程度の、茶番やろ…」
内田「CQT、いわゆる対照質問法で約80%と言われてます」
高岡「…8割やったら…」
内田「(遮って)これ、イスラエル製の最新式なんですよ」
高岡「……で?」
内田「あの国は四方を敵に囲まれてるからですかね…危機感が半端ない。この尋問アプリ、モサドが開発したんですけど、正答率が94%くらいになるんです」
高岡「……」
内田「機器の名称はヘブライ語で〝モーヘール〟。どういう意味かわかりますか?」
高岡「(不貞腐れたように)…知るかいや…」
内田「〝割礼師〟です。モサドにもユーモアがあるんですね…続けますよ、終わったら、あの写真もお返しして、ご自宅の最寄り駅までお送りしますんで…」
机の上には高岡と思われる男が全裸で若い女性と絡み合っている写真が何枚か置かれている。
高岡「(怒って)信じられるかそんなん!(ため息)あんな写真とか…あーもう終わりや、俺も…」
内田「でもその一縷の望みに賭けるしかない。だからこの〝茶番〟に付き合ってくれてるんですよね?」
高岡「…(ため息)…続きぃ…」
内田、尋問アプリのPLAYボタンをクリックする。
人工音声「Question.46、日本経済の未来に悲観的である」
高岡「…いいえ……そもそも、興味もない…」
人工音声「Question.47、私は戦前から続く、四国を拠点とした秘密資金システムの金庫番の一人である」
沈黙。
一瞬呼吸が止まり、それを悟られないよう、ゆっくりと唾を飲み込む高岡。
高岡「(平然を装い)…いいえ…何やそれ?(笑って)…小説…?あ!よく詐欺のネタになってる、アレ?(笑い)」
ノートパソコンの画面では、波形が〝Lie〟の方に大きく振れている。
自分の拉致と尋問の目的を理解したのか、額に大粒の汗を浮かべ始める高岡。
傍に立つ加納の表情を伺う内田。加納は高岡の背中に向け、ゆっくり語りかける。
加納「あなたがどんな人か、知っていますよ」
内田が慌ててマイクを加納に渡そうとするが、加納はそれを手で遮り、高岡の方にゆっくりと歩き出す。
加納「あなたはとても顧客に忠実で、義理堅いバンカーだ。後輩の面倒見もよく、男気もある。だからプライベートバンカーとして、あのシステムの金庫番に選ばれたんでしょうね」
高岡「(薄ら笑いで)…映画の見過ぎやろ…」
加納「…若い女性がお好きみたいですが、それも甲斐性だ。あなたの価値を下げることにはならない」
さらに高岡の方に歩みを進める加納。
フロアにコツコツと響く加納の足音。
加納「(歩きながら)あの金が、戦時中にどうやって集められたかご存じでしょう?国民があの時、どういう気持ちを込めて貴金属を供出したか。指輪、髪飾り、火鉢、アルミの弁当箱まで…」
背後から近づく足音に恐怖を感じながらも、それを誤魔化そうとする高岡。
高岡「…いや、俺はただ…」
加納「(遮って)私物化していい金じゃないでしょう?あれは」
近付いてくる加納の足音に全神経の集中を強制的に持っていかれている高岡。
加納「もうこの30年近く、国のためにはまともに使われてませんよね?あの資金は」
唾をうまく飲み込めず、喉を強く鳴らす高岡。
加納「投資の種銭になってるだけだ。エスタブリッシュメントの、じいさんたちの」
全身の毛が総毛立ち、小刻みに痙攣し出す高岡。
高岡「…あんた、それ以上近づかんでくれるか?!なんや怖いわ…」
その言葉が聞こえていないようにさらに歩みを進める加納。
加納「俺たちはそれが許せない」
夥しい量の汗が高岡から流れ出て床にポタポタ落ち始める。
加納「俺たちは反社じゃない、テロリストでもない、ただの有志の集まりです」
高岡の後ろから回り込み、ゆっくり正面に立とうとする加納。視界に加納の靴が入ってくるが、強く瞼を閉じ、何も見ないようにする高岡。
高岡「(震えながら)…見てない!何も見とうない、俺は、何も…!」
静寂。
加納「俺たちと組みませんか?」
意外な言葉に驚き、思わず強く瞑っていた目を開ける高岡。
加納「あの資金を使って、もう一度日本を浮上させるんですよ、アジアの一等国に」
その言葉に引き摺られるようにゆっくりと顔を上げ、正面に立っている加納とがっつり目が合ってしまう高岡。
高岡「(複雑な表情で)……見てもうた……」
◯繁華街・メインストリート(夜)
キャップを目深に被った有働達也(35)が一人で歩いている。広背筋の発達した後ろ姿と迷いの無い足取り。有働が歩みを進めると、酔客や道端でたむろしていた若者たちも(動物的な本能からか)、ごく自然と道を空けてゆく。
その有働を街のあちこちから鋭い目つきで追っているフードやキャップを被った数人の男たち。男たちは有働の姿を確認すると、その後を尾けるように静かに動き出す。
◯繁華街・高層オフィスビル・裏口(夜)
目的地のビルの裏口に到着し、ポケットから取り出したカードで貨物用エレベーターのロックを解除して階数ボタンを押す有働。
いつの間にか有働の背後にはキャップを被り、様々な荷物を手にした作業着姿の男たちが7人ほど並んでいる。エレベーターが到着すると素早く乗り込み、有働を護衛するように囲んで立つ他の男たち。
インカムを装着した佐野(29)がタブレットを開き何かを確認しており、別の男たちは筒状に丸めたカーペット状のものや工具箱などを携えている。
有働「(前方を見たまま)俺も作業着の方が良かった?」
佐野「(画面を見たまま)いえ、逆に目立っちゃうんで大丈夫です」
有働「(残念そうに)あ、そう…」
佐野「21階ですが、人感センサーの出入りからカウントすると、ターゲットの他は4人、いつもの専属のセキュリティガードがいるだけです」
有働「想定より少ないな。本人確認は?」
佐野「目視で確認済みです」
有働「…今日は、ちょっとした山場だな」
佐野「はい。ここが分水嶺だってことは、皆、認識してます」
すでに心構えが出来ているのか、迷いが微塵も感じられない部下たちの表情。
◯同・高層オフィスビル・21階(夜)
貨物エレベーターのドアが開くと、前方に真っ暗なフロアが広がっている。次の瞬間、前方に赤く光るレーザーポインターを感知して、瞬時に叫ぶ佐野。
佐野「…防弾!!」
部下の一人が先ほどのカーペット状のもの(防弾パネル)を前方に広げた瞬間、フロアの奥の方から立て続けに銃撃される。防弾パネルに吸収されていく銃弾。他の部下は工具箱やリュックサックから取り出した3Dプリンタ銃で応戦を開始、佐野は扉とパネルの隙間から敵の数を確認している。
佐野「…奥行きがあって見にくいですが、10人はいます…!」
有働「(笑って)想定より多いな」
佐野「(3Dプリンタ銃を取り出し)…すみません…どうします?撤退しますか?」
絶え間ない銃撃で小刻みに揺れる防弾パネル。
有働「本人、すぐそこなんだろ?ここで確保できなきゃ、永遠に地下に潜られるか殺されちまう」
佐野「わかりました、(他の部下に)スモーク!!」
銃で応戦しながら素早く簡易ガスマスクを装着する部下たち。その中の一人がリュックから小型のグレネード銃を取り出して装填している。手に取った簡易ガスマスクを有働に手渡す佐野。だが有働はそれを自分で着けず、パニックで放心状態になっている部下に装着している。
佐野「(マスクを装着しながら)…もしかしたら、さっきの人感センサーもクラウドでダミーをカマされてたかもです…」
有働「こっちの情報も漏れてる?」
佐野「…考えたくもないですが…」
有働「…ターゲットに聞いてみっか…」
佐野「…押忍!」
別の部下がグレネード銃を発射し、スモークグレネードが前方で炸裂、煙で包まれるフロア。
◯首都高を走るワゴン車・車内(夜)
運転席にはインカムを装着した井原(28)、助手席には浅野雄大(38)が座り、二列目の後部座席には部下二人が覆面とヘッドフォンを被せられた白いシャツの男を両脇に挟んで拘束している。
ヘッドフォンから漏れている大音量の音楽。全員が黒い特殊マスク(ゲーミングマスクのような)を装着しており、三列目の後部座席にはさらに二人の武装した部下が、銃を片手にワゴン車の後方や横車線の車を窺っている。井原の肩に装着された無線機から音声が流れてくる。
無線機の声「ドラレコのカード破壊済み、地下パーキングの監視カメラデータ確保完了、二号車三号車、現場離脱しました」
井原「(マスクで増幅された声で)了解、では現地で」
浅野「(マスクを外して)ふー!みんなもマスク外してーー!」
安堵したように特殊マスクを外し、新鮮な空気を味わう部下たち。口元に笑みを浮かべ、運転席の井原と拳を合わせる浅野。
井原「スムースにいきましたねー、ガードの武装もショボかったし」
浅野「ホントホント、まぁ誰も怪我しないで良かったよぉー」
心の底から安堵したような表情で、後部座席にも拳を突き出す浅野。部下たちも嬉しそうに浅野と拳を合わせる。
無線機の声「こちら偵察チーム、C1内回り京橋付近で大規模検問、外回り飯倉付近で移動オービス確認」
井原「(無線機に)了解、では芝浦からB湾岸、目的地の倉庫に向かいます」
リラックスした様子でカーオーディオの選局ボタンをいじっている浅野。選局が済んだのか、やがて手を止める。
井原「他のチームは、問題なく進んでますかね?結構、人員こっちに回してもらったんで…」
浅野「(笑って)大丈夫だろー。だって有働と加納だよ?!」
井原「…でも俺、浅野さんのチームでよかったです」
浅野「(不思議そうに)え?!なんでよー?」
井原「有働さんとか、たまにスゲェ無茶するじゃないですか。加納さんは鬼厳しいし…」
浅野「(笑って)たしかにー!」
後部座席を振り返り拘束された白いシャツの男を見る浅野。
浅野「まぁ、今日でいろいろ変わるよ。全部うまくいけば…」
正面に振り返り、音楽に合わせ指でリズムを取り出す浅野。
井原「(笑って)あれ?浅野さん、こういう音楽お好きでしたっけ?」
浅井「ん?あぁ最近、趣味が変わってさー」
首都高から見えるビル群を眺め、深く安堵の息をつく浅野。
◯改修工事中のオフィスビル(夜)
高岡を拘束していた結束バンドを内田がニッパーで切断している。パイプ椅子に座ったまま、拘束されていた手首をさすっている高岡。
高岡「…もう何年も別居しとるけど…まだ籍抜いてないカミさんがおってさ。もう愛も無いけど…殺されたら寝覚めがなぁ…」
加納「存じ上げてます。こちらで監視を付けてガードします」
高岡「(頷いて)あの資金で何しようって?あれ、ややこしいよ…あちこち分散してるし…洗って、完全にオモテに出してる金もある…うちら金庫番脅して口座移しても、あっという間に凍結されて、向こうの実働部隊に攻め込まれて終わりやで…」
加納「それも考えてあります」
高岡「(首をポキポキ鳴らしながら)アタマは誰なん?あんたか?」
口元に笑みを浮かべながら、軽く首を横に振る加納。
加納「俺たちにはあの資金を引き継ぐ、正当な後継者がいますから」
◯繁華街・高層オフィスビル・21階フロア(夜)
催涙スモークが色濃く残っているフロア。涙目でゲホゲホ咳をしながら敵のセキュリティガードにチョークスリーパーを極めている有働。フロアでは単発的な銃声が響いている。
佐野「(銃を撃ちながら)マスクしてくださいっ!マスク!!」
有働「(激しく咳込み)だってそのマスク…かぶれるから…(咳込み)ビル周りの待機チームで、正面ゲート固めろ!(咳込み)ここは多分、増援が来る!」
頸動脈を極められ、ようやく失神するセキュリティガード。
有働「…あと、加納と浅野に伝えろ…(咳込み)こっちサイドにもS(エス)が入ってるって!」
佐野「…押忍!…(銃を撃ちながら)くっそ!…」
◯改修工事中のオフィスビル(夜)
内田「(顔面蒼白で)…あの、ちょっといいですか?」
高岡の正面に立っていた加納を促し、テーブルのところに連れていく内田。
内田「第3チームで、トラブルっていうか…浅野さんが…」
加納「…浅野がどうした?」
内田「…あの、実は俺、井原とサブリーダー同士でインカム開きっぱなしにしてたんすよ…で、さっきチャンネル変えてみたら…」
加納に片方のイヤホンを差し出し、指先を震わせながらノートパソコンのアプリで録音データを再生する内田。
イヤホンからは、ワゴン車の車内に響く数発の銃撃音と短い悲鳴、そして井原の声が聞こえてくる。
井原の声「…ちょ!浅野さん!?…なんで?!(銃声)…がっ…」
しばらくの間、そして浅野の声が聞こえる。
浅野の声「(深いため息)はーっ…」
茫然自失状態の内田。音声を聞き終わり、イヤホンを耳から抜く加納。
加納が強く奥歯を噛む音がフロアに小さく響く。
◯大黒パーキングエリア(夜)
広大な駐車場の隅に停められたワゴン車。エンジンがかけられたままの車内には、頭部を撃ち抜かれた浅野の部下4人と井原の死体。
ワゴン車の前方の駐車スペースにレッカー車が静かに入ってきて停車し、中から3人の男が降りてくる。男たちはワゴン車のエンジンを止め、前輪下部にアンダーリフトを差し込み、無表情のまま牽引の準備を進めていく。
少し離れた喫煙所では、さっきまで拘束されていた白いシャツの男がタバコを吸い、レッカー作業の様子を眺めている。
その横に立ち、煙を迷惑そうに手で払っている浅野。
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