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【読書マップ】2022.06 世界を変える言葉のちから

2022年6月の読書マップです。
先月の記事はこちらから。


人それぞれのまんが道

スタートは米澤嘉博「藤子不二雄論 FとAの方程式」(河出文庫)。
藤子不二雄A先生といえば「トキワ荘青春日記」も復刊されたところですが、まずは生前に出版された「81歳いまだまんが道を…」(中公文庫)を。
手塚治虫に憧れ、のちの藤子・F・不二雄先生と共に上京し、伝説となったトキワ荘で漫画家の夢を叶えた若手時代。
そしてF先生とのコンビを解消したのちも、常に新しい挑戦をし続ける、旺盛な好奇心によって支えられた「まんが道」が語られます。

さて手塚治虫といえば、手塚漫画そっくりなタッチをものにして独特の作品を描く田中圭一という漫画家がいます。
「田中圭一のペンと箸 漫画家の好物」(小学館)は、手塚治虫・赤塚不二夫・西原理恵子など有名漫画家の子息にインタビューをしつつ、漫画家の家族が好きな料理を紹介するエッセイコミック。しかも各編は、実際にそれぞれの漫画家のタッチを田中さんのペンで模倣するという超絶技巧が発揮されます。
手塚治虫の長女である手塚るみ子さんは、本人のインタビュー回の他にもあちこちの回で話題に上がっており、手塚漫画の影響力を感じます。

高橋葉介「夢幻紳士 夢幻童話編」(早川書房)は、長年描き続けられてきた夢幻紳士シリーズの最新作。
童話をモチーフに、怪しげな存在に魅入られた人々と、神出鬼没の夢幻紳士こと夢幻魔実也の交流(?)が描かれます。
夢幻魔実也に関わる登場人物が大抵ひどい目に会うのは「笑ゥせえるすまん」などにも通じる気がします。

言葉と物語

漫画作品からもう一作、鯨庭「言葉の獣」(リイド社)を紹介しましょう。
詩歌が好きな女子高生・薬研は、ある日クラスメイトの東雲から、言葉が〈獣〉の姿で見えるという秘密を打ち明けられる。そこから二人による〈言葉の生息地〉の冒険がはじまる。
中島敦「山月記」の授業で始まる冒頭から、言葉に対する個々人の感覚の違いをすくいとる描写に引き込まれます。
そういえば自分も昔から国語の授業が割と好きだった(そして、おそらくクラスメイトは、そこまで言葉に対するこだわりがない)ことを思い出しました。

どんどん言葉の世界を深掘りしましょう。
西尾維新「りぽぐら!」(講談社文庫)は、リポグラムという手法で書かれた短編集。筒井康隆「残像に口紅を」が話題になったタイミングを狙っての文庫化でしょうか。
まず普通の小説が書かれ、次に50音のうち一部の文字を使わずに、同じ内容を書き下ろす。「残像に口紅を」では、使えなくなった文字により消えてしまった世界(物語)を想像する楽しみがありましたが、こちらはパラレルワールドのように微妙に歪んだ世界を見比べるという、また違った面白さがあります。

川原繁人「フリースタイル言語学」(大和書房)は、タイトル通り言語学というフィールドを縦横無尽に駆けまわる。
プリキュアの名前に共通する音、ポケモンの進化やドラクエの呪文に隠された法則など、独創的な研究が楽しく、時に真面目に語られます。

吉田篤弘「物語のあるところ 月舟町ダイアローグ」(ちくま新書プリマー)は作家による物語論としてはちょっと変わった一冊。
実際に作品の舞台にもなった〈月舟町〉に著者がおもむき、登場人物たちと語りながら、物語のつくりかたや意義を考える。
緩やかにつながった吉田篤弘ワールドへ、ひとときの旅に出た気分になります。

世界を変える言葉と教え

「言葉の獣」から短歌の生息地に行きたいところですが、先月は新しい歌集を読まずに万葉集を読みふけっていたので、暮田真名「ふりょの星」(左右社)へ。
オビに「川柳のビックバン!」と銘打たれた本書は、まさに従来の川柳のイメージを大きく覆す、新しい世界への扉が開かれます。

スコールに打たれていても寿司がいい

暮田真名「ふりょの星」(左右社)p.6より

短歌を読み慣れた身としては、上の句(五七五)だけで完結する川柳や俳句は物足りなさというか、景の描写に行き着かないもどかしさを感じるのですが、ここまでくると潔さを感じます。

飴色になるまで廊下に立っている
かけがえのないみりんだったね

暮田真名「ふりょの星」(左右社)p.17より

こういった二句が一ページに並ぶと、上の句と下の句(七七)で現代短歌として成立しているような気もします。ただし意味はまったくわからない。
とにかく想像力をかきたてられる言葉が並びます。

ちょっと趣向を変えて若松英輔「はじめての利他学」(NHK出版)は、〈利他〉という概念についてキリスト教・仏教などの宗教や哲学を引用しつつ読み解きます。
利他主義は利己主義と対立する概念のように理解されがちですが、実はそれだけにとどまらないそう。
〈学びのきほん〉シリーズの一冊としてはかなり高度で、まだ理解しきれていません。折に触れて読み返したい本です。

島田裕巳「宗教対立がわかると世界史がかわる」(晶文社)も最近よく読んでいる、さまざまな宗教と、それが動かしてきた歴史についての本。
読めば、世界宗教同士の対立が必然的な争いや分断を生むという、単純な見方を覆されます。

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