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【読書マップ】2022.05 多様性とは生きづらさ

2022年5月の読書マップです。
先月の記事はこちらから。

https://note.com/izumi12031/n/n2186b8935cd6


多様性と生きづらさ

スタートはガイ・ドイッチャー「言語が違えば、世界も違って見えるわけ」(ハヤカワ文庫NF)。
多様な世界の言葉を比較した本書のテーマが、マシュー・レイノルズ「翻訳 訳すことのストラテジー」(白水社)でも深掘りされます。
現代ではAIによる自動翻訳もずいぶん進化しましたが、一つの言語から他方の言語へ、まったく同じ概念をそのまま移しかえることはできません。もしそれができたとしたら、そもそも二つは違う言語というアイデンティティが成立しないとも言えます。
それなら、翻訳という行為では何が行われているのか…ヨーロッパのみならず、日本語から中国語まで、多くの「翻訳」の事例が紹介されます。
漫画「風の谷のナウシカ」で、日本語の描き文字がそのまま翻訳されず残っている、という例では、本書自体が翻訳書であるからこそのおもしろいエピソードがあります。

漫画の話はまた後でするとして、ブレイディみかこ「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(新潮文庫)に行きましょう。
英国の地方に暮らす著者の息子さんが「元底辺」中学校に入学し、さまざまなカルチャーショックに巻き込まれながら日々を過ごしていく。印象的なタイトルが、息子さん本人の言葉だったとは。
多様性というのは、まわりとの摩擦も生じ、常に難しい判断を迫られるややこしいものでもあります。それでも、たとえそんな場に身を置かなくても、違いがあることを知る、それが本を読むことの意味であると思います。

釈徹宗・細川貂々「生きベタさん」(講談社)も、生きづらさをかかえて生きる人たちのための処方箋。〈ネガティブ思考クイーン〉を名乗る貂々さんの作品、それでもなんだか受け流して生きていけそうな、不思議な魅力があります。

スズキナオ「『それから』の大阪」(集英社新書)はCOVID-19後の大阪を歩く、2月に紹介した「遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ」(スタンド・ブックス)の姉妹編のような一冊。私自身、パワフルな大阪の街が好きで、ちょうど宣言直前の2020年1月にも道頓堀に遊びに行っていたのでした。

大阪名物だった「づぼらや」の看板

大阪を象徴する、くいだおれ人形も、づぼらやのフグ看板も、今はもうない。
当たり前に続くと思っていた日常が、ある日突然そうでないことを気づかされる。
でも、そこで生きている人がいる限り、街の魅力は形を変えながらも、生きのびていくことでしょう。

漫画が予言する未来

今年は有名人の訃報が続く印象があります。
米沢嘉博「藤子不二雄論 FとAの方程式」(河出文庫)は、二人で一人の「藤子不二雄」としてデビューした、藤子・F・不二雄、藤子不二雄Aという稀有な漫画家について論じた本。藤子不二雄A先生の逝去に合わせての復刊と思われます。
お二人のコンビが解消された頃の私は小学生くらいでした。やはり「ドラえもん」のF先生の印象が強かったものの、テレビアニメが放映されていた「笑ゥせえるすまん」「プロゴルファー猿」などに見られる多彩さ、多趣味さはA先生ならでは。今でもYouTubeで無料配信が行われており、まったく色褪せない魅力があります。
A先生の遺作となった「PARマンの情熱的な日々」(集英社)も重版、もしくは電子化を待望します。

もう一人、今年無くなった大物漫画家といえば水島新司先生。オグマナオト「日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!」(フォルドリバー)はそのタイトル通り、水島作品に描かれた展開と現実の野球界を比較しながら語る本です。
さすがに牽強付会なところもありつつ、松井秀喜の甲子園における5打席連続敬遠、札幌ドームの実現など、野球と野球界を愛した水島先生の想像力が、現実を先取りしていた面は多々あるのかもしれません。
「ドカベン」をまた読み返したくなりました。

進化と滅亡

中学生つながりで、池谷裕二「進化しすぎた脳」(ブルーバックス)はアメリカに暮らす日本人中高生と著者の対話で進む、大脳生理学についての講義。
まだAIが技術的ブレイクスルーを迎える前の2004年に収録されたものなので、人工知能の進化についてはちょっと牧歌的なところがあります。

森博嗣「リアルの私はどこにいる?」(講談社タイガ)はAIやロボットがヒトと変わらない進化を遂げた未来を描くWWシリーズ第6弾。終盤のとあるシーンが「すべてがFになる」からはじまる初期S&Mシリーズを思わせて美しい。
ちなみにS&M第9作「数奇にして模型」は、米沢義博さんが解説を書かれています。「藤子不二雄論」にも、随所に〈すべてがFになる日まで〉というフレーズが登場しています。

最後は山田徹・谷口雄太・木下竜馬川口成人「鎌倉幕府と室町幕府 最新研究でわかった実像」(光文社新書)
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも話題の鎌倉幕府と室町幕府を比較しつつ、最新の歴史学の成果がまとめられています。鎌倉幕府の成立はいいくに(1192)でもいいはこ(1185)でもないと言われると、もはや何を信じていいのかわかりません。
そして、突然滅亡した鎌倉幕府と、戦国時代に突入しながら生きながらえた室町幕府は何が違ったのか。実際には明確な理由が見つからず、滅亡はただの偶然、という結論になると3月に紹介した「理不尽な進化」に通じるものがありそうです。



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