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【読書マップ】2022.04 世界のことば、世界のみかた

2022年4月の読書マップです。
先月の記事はこちらから。

4月もちょっと冊数は少なめですが、「世界」と「言葉」がキーワードの読書マップができあがりました。

世界の歴史と芸術

スタートは内澤旬子「世界屠畜紀行」(角川文庫)。
革製品への興味が高じ、なぜか世界の屠畜現場を回るというのが内澤さんの独特なスタイル。
同様に、他の誰も真似できないことをやる、誰も行かないところに行く〈辺境作家〉といえば高野秀行さんでしょう。
「世界のシワに夢を見ろ!」(小学館文庫)は、高野作品でも異彩を放つ一冊です。
早稲田大学の探検部に所属していた頃、初デートになぜか洞窟、それも観光向けではなく本格的な探検スポットを選んでしまう。
作家となってからも、アフリカの各地を探検するたび、あまりにも常識を超えた体験を繰り返す。常人には耐えられそうもないエピソードを、面白おかしく書いてしまえるのが高野さんならでは。
表紙のご飯と梅干しは「世界のシワ」にかけたものだと思いますが、高野さんが後年、世界各地に点在する納豆の謎を解くことになると思うと、不思議な暗合を感じます。

赤瀬川原平「四角形の歴史」(ちくま文庫)は、こちらも唯一無二の視点で超芸術トマソン」などを生み出した赤瀬川さんが、〈四角形〉というキーワードから人類の歴史を考察します。
西洋美術には長らく風景画がなかった、という指摘にはハッとします。復刊にあたり、解説がわりにヨシタケシンスケさんのインタビュー付き。

四角形といえば、その面積を求める「たて×よこ」の掛け算は小学生でもわかる算数の問題。
でも、実は掛け算の意味は3つあり、それぞれが長い数学の歴史の積み重ねの上に成り立っていることを教えてくれるのが森毅・竹内啓「数学の世界」(中公文庫)
有名な数学者で名エッセイストでもあった森先生と、統計学者の立場で数学を扱う竹内さんの対談スタイルで〈数学〉そのものを深掘りしていきます。
この復刊では「独学大全」などで知られる読書猿さんが解説をされています。

世界の言葉、日本の言葉

「数学の世界」には、近代数学が西欧の価値観に沿ってつくられたという話を受けて、冗談まじりに、日本なら源氏物語的な数学が発展したかもしれない、というくだりがあります。

ここから松本修「言葉の周圏分布考」(集英社インターナショナル新書)に外挿してみましょう。
発端は「探偵!ナイトスクープ」の伝説的な企画の一つ、〈全国アホ・バカ分布図〉です。
長らく日本の首都であった京都を中心として、都から離れるほど古い時代の言葉が方言として残されている…そんな言葉の周圏分布説を、「アホ」「バカ」といった話し言葉で実証してみせようとした企画は、TVの枠を超えて大きな反響を呼びました。
番組プロデューサーの松本さんはその後も調査を続け、この本ではさらに多くの言葉で周圏分布図が披露されます。
源氏物語の中で一度だけ登場する言葉〈もどる〉が、果たして当時の都で使われていたものか、それとも後世の写本による改変か、そんな謎に対しても壮大な仮説を提示します。

いっぽうガイ・ドイッチャー「言語が違えば、世界も違って見えるわけ」(ハヤカワ文庫NF)では、日本だけでなく世界各地の言葉を比較考察します。
タイトル通り、それぞれの言語がもつ語彙によって、考え方や、世界の見方も違って見える。それは、それぞれの歴史・文化を知ることにも役立ちます。
日本語では古来〈あお〉と〈みどり〉が混同されてきたため、緑色信号を「青信号」と訳し、その言葉にひきずられて、本当に青信号が他の国より青くなってしまった、というのは、言葉が現実を変えてしまう、面白い事例です。

「怖い」世界の魅力

歴史と芸術に戻って、中野京子「展覧会の『怖い絵』」(角川文庫)へ。
元本は「怖い絵」シリーズの展覧会が実際に開催されたのを受けて刊行されたそう。
読むたびに、中世ヨーロッパの怖さを感じます。

フジモトマサル「夢みごこち」(平凡社)も復刊で、村上春樹の解説を収録。
少し怖くて、不穏で、でもなぜか心地いい。夢から醒めたらまた夢の中にいるような、不思議な連作マンガです。夢警察が本当にいたら、わたしも夢の中で何回捕まっているだろう…と背筋が寒くなります。

末井昭・春日武彦「往復⇄書簡 猫コンプレックス 母コンプレックス」(イースト・プレス)も不穏な作品でした。
ともに両親・特に母親に複雑な感情を持ちつつ、年を経たいまは自宅で猫と戯れるお二人が、母と猫の日常について語り合います。
からまり、ほどけて、また組み合い…良い意味だけではない〈絆〉を感じます。

最後は、どこに入れるか迷いつつ、両親とはまた違った絆ということで野澤亘伸「師弟」(光文社文庫)をこの流れで紹介します。
一躍有名になった杉本昌隆八段と藤井聡太竜王、永世名人の谷川浩司九段と都成竜馬(りゅうま)七段など、将棋界独特の師弟制度にスポットを当てた本が文庫化されました。
自らもプロとして戦いながら、理事として運営したり、師匠として弟子の面倒を見たり、本当に不思議な世界ですが、そんな多面性も魅力の一つ。
杉本先生のさらに師匠である故・板谷進九段は東海地方の将棋普及に努め、「名古屋に将棋会館を」という夢を掲げていたそう。
本編では触れられていませんが、今年(2022年)からは、ついに名古屋に公式の対局場が設けられ、東京・関西の将棋会館も建て替えのクラウドファンディングが進行中です。
人々の絆と情熱が、世界を変えていく。


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