第31回「withコロナのその前に、with生き物なのだった…」
梅雨本番の日々。しとしとと、あるいは時にザーッと雨が降り、家の中は湿っぽくなってくる。
二十四節気のひとつに啓蟄がある。虫たちが、冬ごもりから地上に出てくる季節のことで、春を表す言葉だ。たしかに、春先から、虫たちの活動は始まっているのだが、梅雨時になってくると、俄然動きが活発になる。
先週のある夜など、寝ているときに、花がチクッとしたので、思わず手で払いのけると、床に落とされたカミキリムシが「ギーッ」と鳴いていた。
「おまえなあ、人が寝ているときに、鼻につかまるんじゃない!」
寝ぼけ眼でそう言って、僕はふたたび眠りについた。
一昨日は、風呂場で小さなムカデを見つけた。まだ赤ちゃんである。これで今年3匹目で、もちろんティッシュにくるみ、握りつぶした。
昨年まで住んでいた家は、今の家より湿っぽく、梅雨ともなれば、ムカデが風呂場に這い出してきて、あるいは寝ているときに、天井から落ちてきて、肌にヒヤッとベタッとした感触が走る。
「ヤバい!ムカデだ!」
と直感し、思い切り、手なり、脚なり、感触のした部位を反射的に揺り動かして、部屋の明かりをつけると、ジグザグに逃げ惑うムカデに遭遇する。
「ギャー!」
真夜中だろうが、まっ昼間だろうが、妻は金切り声を上げ、ベッドの上に飛び起きて、体を縮こませてみせる。
そんなときには、瞬殺ムカデ殺しをふりかけて、弱ったところをハサミで切り刻み、外にポイッと捨てるのである。
妻は下田に引っ越してまだ間もない頃に、洗濯物の中に潜んでいたムカデに噛まれ、気絶しそうになったことがある。
すぐさま僕が指で患部をつまみ、毒出しをした。
「痛いっ! むちゃくちゃ痛いっ! それに、足がしびれて動かなくなってきたよ~」
そういう妻をおぶさって、近所の家に駆け込んだ。
「こういうときには、ムカデ油が効くんだぜ」
近所の親父はそう言って、標本のようにムカデが漬かった油を、患部に塗ってくれたのである。しばらくおしゃべりしていると、妻が言う。
「あれっ? 痛みがスーッと引いてきたし、しびれもなくなってきた」
「毒を持って、毒を制するって、言うだろう?」
たしかにそういうことらしい。
真夏になると、草むらにはマムシが潜んでいることがある。
「大五サーン、一升瓶ないか、一升瓶!」
ある夏の昼下がり、知り合いのケーブルテレビの工事の人が家に飛び込んできた。
「どうしたんですか?」
「マムシが出たんだ!」
マムシに一升瓶とは、これいかに?
空の一升瓶を手渡して、現場に急行すると、同僚が、ペンチでマムシの首を掴んで待っていた。
「これを一週間くらい、水につけて、糞を出させる。その後で、焼酎に漬けるんさ。飲んでは滋養強壮、虫刺され用の薬にもなるしな」
ここでも毒は毒を制すの原理だ。その自家製マムシ酒、農産物直販所で3,000円で売っていた。
引っ越してから、湿気は随分少なくなった。それでも僕たちが引っ越す前から、この家にも家主がいたようで、それが直径20センチもあるアシダカグモである。「家の守り神」という呼称さえある。
昨日も、階段を上がっていくと、住処である二階でのんびりしていた。僕の姿を見かけては、遠回りして、階段の端を這って階下に降りていく。
すると、今朝になってからダイニングテーブルの下に、ゴキブリの頭を見つけた。アシダカグモの仕業にちがいなかった。好物がゴキブリなのである。このゴキブリも、前の家より少なくなったし、ネズミを見かけないのも幸いである。
ガレージにはカタツムリが住んでいる。一昨日は朝から猿が移動してきてうるさかったなあ。もうどこかに行っちゃったけど。
空にはカラスが飛翔して、水色のゴミ袋を狙っているので、うかうか外にはゴミを出しておけない。美しい声を奏でるのは、イソヒヨドリのオスである。このイソヒヨドリは、ずいぶん前からこの家の前の林の中で暮らしていた。
新参者は、ツツピーと鳴く、色のきれいなヤマガラである。
前の家でも餌付けしていたのだが、この家に越してきてから三ヶ月後、ついに我々は発見され、餌付けに成功。今では午前7時過ぎと午後6時ころに、窓際に据え付けた餌台にやってくる。慣れた方は、指から取って食べる芸もできるようになった。
すると、先週、初めての現場に遭遇した。我が家の前の道端に、かなり大きなヤマカガシが、真っ白い腹を出してひっくり返っており、よく見ると、内臓だけがきれいに食われていた。
「どこのどいつの仕業だ?」
周囲を見回すと、近くの柿畑を、僕の方を振り返りつつ、コソコソといった具合で遠ざかるキジの親子連れの姿があった。
(お前たちの仕業だな…)
僕は、心でキジに話しかけると、答えもせずにキジの親子は草むらに消えた。
このキジが、早朝「ケーン、ケーン」と鳴いている。
そうそう、先週からセミが鳴き始めた。まもなくヒグラシが、美しい金属音の鳴き声を響かせることだろう。
withコロナのその前に、田舎では、with生き物なのだった。
おかげでこれからの季節は、毎日がにぎやかである。
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