ダース・ベイダーのデザインと伊達政宗の鎧兜
たぶん無関係です!
X(旧Twitter)などSNSで「ダースベイダー 伊達政宗」と検索すると「ダース・ベイダーのモデルは伊達政宗の鎧」という情報が沢山出てきます。(noteにもそう紹介している記事がありますね。)
結論から述べるとこのトリビアは誤情報である可能性が非常に高いです。
その理由となぜこのような説が流布されたのかを分析してみました。
ダース・ベイダーのデザインの変遷
最初にダース・ベイダーがどのようにデザインされたかを辿ります。
1974年、コンセプトアーティストのラルフ・マクォーリーがデザイン検討時に参考にしたジョージ・ルーカスの脚本草稿におけるダース・ベイダーの描写は「背が高く険しい顔つきの将軍」「流れるような黒いローブをまとった7フィート(2メートル越)のシス・ナイト」というものでした。
またマクォーリーは草稿の「宇宙空間で活動する場面」から呼吸するためのマスクを独自に考案します。
この初期案にルーカスは「漁師の帽子(つば広のバケットハットのようなものを指すと思われる)や侍の兜のようなもの」を加えるようオーダー。兜は侍のモチーフを持ち込む意図も感じられますが、共に挙げたバケットハットとの共通項としてルーカスがデザインに求めたのは首を覆う「錣」だと考えられます。
ここから更に検討が重ねられ、1975年2月のコンセプトアート(映画への投資を求めるための素材として作られた)ではほぼ最終的なデザインに固まっています。
その後、衣装デザイナーのジョン・モロが侍とナチス兵のヘルメット、中世騎士の甲冑などを参考に衣装としてデザインをアレンジし、彫刻家ブライアン・ミュアーがヘルメットを造形してコスチューム完成に至ります。
ちなみに当時ILMのスタッフだったジョー・ジョンストン(現在は映画監督/「ジュマンジ」「キャプテン・アメリカ」など)が、ハロウィンの仮装用としてマクォーリーのデザイン案を参考に作ったコスチュームは少しメカニカルな解釈がされています。こちらは特にナチス兵っぽい印象がありますね。
ジョージ・ルーカスが「侍」の要素を求めたのは、有名な話ですが彼が黒澤明のファンで彼の映画作品に傾倒していた事に起因すると考えられます。
一方でルーカスが直接的に伊達政宗をはじめ歴史上の武士を名指しで挙げているというのは私の知る限りですがメイキング本などでは見たことがありません。
彼の言う「侍」は一般的な概念(日本の中世の戦士)として、あるいは単に映画のキャラクターとビジュアルとしてのそれを指しているに過ぎないと思います。
噂はどこから?
「ダース・ベイダーのモデルは伊達政宗の鎧」という情報はどこから湧いて出たのでしょう。
映画が3作しか無かった時代、子供の私はダース・ベイダーを見て鎧武者だという印象は受けませんでしたし、2011年に吉徳がダース・ベイダー武者人形を企画発売した時は「そういう解釈も面白いな」と思ったほど元々ダース・ベイダーには日本の要素を感じていませんでした。ファンの集まりでもそんな話は聞いた事が無かったですし、00年代ぐらいまでは世の中の印象も同じような感じだったのではないかなぁと回想します。
この噂の起源として最もそれらしいのが、仙台市政策調整局広報課のオンラインマガジン「仙台NEW」第9号(2006年9月)の『ダースベイダーと伊達政宗その意外な関係』というトピックです。
ウェブアーカイブに記録が残っています。
仙台市博物館の元館長濱田直嗣氏へのインタビューが掲載されています。
記事を要約すると以下の通りです。
20年以上前に映画関係者から国際電話で鎧の写真提供を求められた
館長が関連本「STAR WARS THE MAGIC OF MYTH」を紹介
本には伊達政宗の鎧の写真が載っており「日本の戦国武将の鎧兜を参考にした」と書かれている
(補足1:写真は左右反転しているのでおそらくフィルムで提供されて裏焼きされてしまった?)
(補足2:後述しますが厳密には伊達政宗の鎧ではありません)
(補足3:後述しますが実際には参考にしたとは書かれていません)
ややこしいのが「20年以上前」という証言です。
仮にルーカスが企画中だった「30〜35年前」(1970年代前半)であればダース・ベイダーのデザイン検討時期には一応符合します。ただ、濱田直嗣氏は66年に大学を卒業したのち既に仙台博物館の職員でしたけれど当時の役職としては学芸員です。日本では無名に近い海外の映画制作者からの依頼でフィルムを提供したのか(その権限があったのか)というのがどうにも疑問です。
もし「10〜15年前」(1991〜1996年)くらいの出来事であれば、この関連本(1997年発売)のために写真提供したという事になります。
個人的には実際は10年以上前(90年代前半)の事=記憶違いか取材者の聞き間違いで、スター・ウォーズの関係者と聞いて関連本のためにフィルム提供し、後に献本されたと考えるのが自然かなと思います。
濱田直嗣氏まだご活躍中のようですので直接聞けたら良いのですが。
単に似ているものと紹介されただけ
そもそも「STAR WARS THE MAGIC OF MYTH」に掲載の写真の鎧は正確には伊達政宗のものではなく、政宗に仕えた菅野正左衛門重成が政宗から賜った鎧「黒漆五枚胴具足 伊達政宗所用・菅野正左衛門重成拝領」です。
「STAR WARS THE MAGIC OF MYTH」は神話学者ジョーゼフ・キャンベルの著書『千の顔を持つ英雄』をモデルに「スター・ウォーズ」の物語と世界の神話伝承との共通要素や、コスチュームやキャラクターの現実世界の類似物との比較検証をテーマにした本です。(2002年には同じタイトルで小道具や衣装の巡回展も企画されました。 1997年にスミソニアン博物館が企画・開催した同タイトルの展示会図録。)
以上のことからも、著者関係者は単にベイダーに似た黒い鎧の写真を探していて金の縁取り装飾がある「黒漆五枚胴具足 伊達政宗所用」ではなく、縁取り装飾のない漆黒の「黒漆五枚胴具足 伊達政宗所用・菅野正左衛門重成拝領」のほうの写真提供を求めたのではないかとも推測できます。
本には他にもヨーダの頁に曾我蕭白の蝦蟇仙人図が、ジェダイローブの頁には宇川国吉の老人の絵があります。それぞれ元ネタとしてはなく類似のものとしてのみ紹介されていて、同様にベイダーと黒漆五枚胴具足もまた単に似ているとして紹介されたに過ぎません。
問題のウェブマガジンのトピックのタイトル『ダースベイダーと伊達政宗その意外な関係』も誤解を生んだ一番の原因なのではないでしょうか。記事の内容ではベイダーと政宗は一切関係がないのですから。
中世の日本の鎧兜を参考(の一つ)にしたのは間違いではありませんが、本にはその事は書かれてもいません。加えてちゃっかりウェブマガジンのほうの掲載写真は「黒漆五枚胴具足 伊達政宗所用」なんですよね。
ご丁寧に英語版まで作られていて当時この怪しい情報が世界にも広まっているのではと思うと複雑です。
追記:
こんな怪しい記事もあります。
ライターは「伊達政宗の漆黒の鎧兜がモデルになっているのです。」と断言しますが、続く「仙台市博物館が1975年頃にハリウッドへ送っているのだそう」という伝聞的な書き方も含めてソースが不明です。アーカイブディレクターのレイラ・フレンチ氏のコメントでもありませんし、ライターの質問にフレンチ氏は「黒澤明監督の作品にインスパイアされて」と答えていて話が噛み合っていません。
「STAR WARS-THE MAGIC OF MYTH-」(ハイフン付なあたりがまたコピペっぽい)を取り上げているあたりに、「仙台NEW」記事を参考にした補足なのではないかと思います。この記事を書いた方はたぶん「30年以上前」と解釈したのでしょう。ヘルメットのデザインを経てマスクを考案という説明も順逆で事実と異なります。日本文化紹介に特化したウェブサイトの記事ということもあってバイアスが掛かっているように思います。
とにかくジョージ・ルーカス本人や制作に携わった人間からの直接的な証言が出て来ない限り私は信じません〜!
ほかにもあるベイダーの怪しい伝説
他にもダース・ベイダーに関しては「ダース・ベイダーの名前は暗黒の父親=最初からルークの父親という設定だった」というウワサがあります。
この噂についてはルーカスフィルム内で映画やドラマのメイキング本を数多くリリースしているフィル・ショスタク氏が否定しています。
『ダース・ベイダーはドイツ語(またはオランダ語)の「闇の父」に由来する』について
ジョージ・ルーカスが1974年初頭に作成したキャラクター名候補リストに「ベイダー将軍/帝国軍司令官」とある
"ダース・ベイダー、背が高く、険しい顔つきの将軍"という表記は1974年5月の草稿「The Star Wars」に登場
ダース・ベイダーは、1978年4月1日の「帝国の逆襲」第2稿まで、ルークの父親ではない
オランダ語やドイツ語では "ダース"に意味はない。
1 に関しては元々ベイダー将軍は脇役で、代わりにシスの黒騎士ヴァローラム王子というキャラが登場していました。
草稿改訂版ではベイダーはシス・ナイトとして登場するも、最後に自爆しちゃうので当初は純粋に悪役キャラだったと考えられます。
3 についてはドイツ語で父親はVaterなので似てはいるのですが、それが実際に由来であるという情報は私は見たことはありません。ルーカスが経営者で厳格な父親に対し複雑な想いがあった、というのは話としてはありますが。
「スター・ウォーズ」は2024年5月で47周年を迎えます。歴史のある作品ですので、出所の怪しい噂や間違った伝説がいまも多く流布されています。
最近はアフィリエイトやインプレッションの収益を目的とした刺激の強い悪意のあるものもSNSなどで見かけます。
更にAIまで誤情報を助長・拡散するような時代になりました。いまやネットは嘘で溢れていると言っても過言ではないのではないでしょうか。
広めるか広めないかはあなた次第です。
本記事で参考にした書籍はこちら
こちらの記事もよろしければどうぞ
追記2:
当時の事情を知る河原一久さん(「スター・ウォーズ」シリーズの日本語字幕監修のほか、2008年の「スター・ウォーズ・セレブレーション・ジャパン」の監修/演出などと担当された方です。著書に「スター・ウォーズ論 (NHK出版新書)」「スター・ウォーズ・レジェンド(扶桑社)」など。)から本記事にコメントをいただきました。ぜひそちらもチェックしてみて下さい。